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2016/04/08

経済学の根本問題~貯蓄投資バランスとセイの法則

電子書籍「現代経済学の直感的方法」と森嶋通夫氏の『思想としての近代経済学』を読んで、石川経済学(マクロミクロ)を読んだら、経済学の根本問題が何となく分かったような気がした。
経済学の根本問題は、貯蓄投資バランスとセイの法則の2つではないか、というアイデアをメモ。

以下、ラフなメモ書き。
自分は経済学の専門家でないので、間違っていたら後で直す。

【参考】
貯蓄投資バランス - Wikipedia

高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門 政治経済 現代社会  3 貯蓄・投資/ISバランス

三面等価の原則 - Wikipedia

セイの法則 - Wikipedia

高校生からのマクロ・ミクロ経済学入門 政治経済 現代社会  セー(セイ)の法則

おちゃらけミクロ経済学: ミクロ経済学とマクロ経済学の違い その2

合成の誤謬 - Wikipedia

耐久財のディレンマ - Wikipedia

過大な生産力のディレンマについて: 21世紀の風

現代経済学の直感的方法 電子出版のお知らせ

現代経済学の直観的方法 - 小人さんの妄想

【1】三面等価の原則、倹約のパラドックス、そして貯蓄投資バランス

【1-1】すごく小さい頃、母親や祖母が銀行に行って、銀行にお金を預けたり、引き出していたりしていたが、僕はゴム風船やお菓子などがもらえて楽しい場所だった。

でも、素朴な疑問があった。
銀行は、預金者からお金を預かり、しかも預金利息を付けて多めに支払っているが、どうやって儲けているのか?
銀行はそんなお人好しで、赤字にならないのかな?と。

小学校の先生に聞いたら、銀行は集めたお金を会社に貸し出して、利息をつけて返してもらっているのよ、と言われたが、ピンと来なかった。
小学生の世界では、銀行が会社にお金を貸し出す場面なんて、直接見ることなんて無いから。

【1-2】倹約のパラドックスは、考えるほど謎のパラドックスだ。

不況になれば、人は消費せず、倹約して貯蓄に回す。
その行為を国民全員が行うとどうなるか?
倹約のパラドックスでは、もし全ての人がもっと貯蓄しようとすると、すぐさま起こる事は、総需要の低下と国民所得の低下が起きる。そして、所得の低下により、最終的には誰も貯蓄するお金すらなくなる。
つまり、倹約が不況を更に悪化させる。
だから、不況になれば、貯蓄を促すのではなく、皆に浪費するように政府は行動すべきだ、と。

直観としては、個人が借金しないないように貯蓄するのは健全な行為だ。
でも、世の中の市場経済は、皆が浪費することを前提としなければ、正常に動作しないらしい。

【1-3】マクロ経済学では、最初に三面等価の原則を習う。
Y=C+I+G+NXの公式はまだ分かる。

しかし、貯蓄と投資がバランスするという「ISバランス」が理解しにくい。
貯蓄と投資の金額は本当に均衡するのか?

普通の個人が銀行に預金するような「貯蓄」という行為と、半導体企業が高価な半導体製造装置を大金を支払って「投資」する行為が、つながっているように見えなくて、とてもバランスしているように思えないからだ。
個人の貯金額なんてせいぜい数万~数千万円くらいなのに、工場の設備投資額は数億~数千億円がざらで、差が大きすぎる。

でも、実際、日本にせよ、欧米にせよ、普通に成功している市場経済の国では、GNPの20%が貯蓄であり投資である、と言われている。
それぐらい莫大な金額が社会の背後で動いているらしい。

【1-4】上記の疑問に対し、僕の理解では、貯蓄を投資に回すようなサイクルを市場経済は意図的に作り出して、常に経済成長するような仕組みを強いられているから、と思う。
この考え方は、「現代経済学の直観的方法」を読んでようやく分かった。

貯蓄されたお金は、タンス預金で貯めるのは個人の自由だが、マクロの観点では、タンス預金になったお金は死んでいるのと同じ。
お金は循環すること(流動性)がなければ、経済はどんどん縮小していく。

だから、ケインズ経済学では、不況の時は、政府が代わりに公共投資をして、貯蓄で死蔵されたお金を強引に浪費して、お金を循環させる。
つまり、ケインズ派の考えは、市場経済には価格の自動調整機能は不十分で、人間の手で時々はお金をつぎ込まないと市場経済はしぼんでしまう、というものになる。
例えば、銀行を通じて貯蓄を投資に回すのが間接金融、個人の貯蓄を株式市場に直接投資するのが直接金融。
それが上手く回らないならば、政府が強制的に個人から貯蓄を税金として奪い取り、公共事業という名の元にお金をばらまく。

この考えは、古典派の「神の見えざる手」の思想とは異なる。
古典派は、市場は価格の自動調整機能が働いて、あるべき均衡点に自動で到達する。
人間の恣意的な市場介入は、崩壊したソ連のように、無駄な投資による無駄な生産、無駄な浪費を招き、社会を停滞させる、という発想。

経済学では、ケインズ派と古典派の対立がずっと根底にある。

【2】もう一つの経済学の根本問題は、市場経済の価格の自動調整機能は有効なのか、という点。
これは、セイの法則「供給は需要を生み出す」から導かれる十分条件。

セイの法則が成り立つ、と暗黙的に仮定しているのが古典派でありマルクス経済学。
セイの法則は成り立たない、と明示的に仮定するのがケインズ派。
思想としての近代経済学』がとても分かりやすい。

【2-1】現代でも、セイの法則が成り立つ市場はある。
例えば、ハイテクベンチャーなどのいわゆる新興市場。
あるいは、待機児童の多さで問題となっている保育所の人手不足、保育所の供給不足も当てはまるだろう。

しかし、現代ではほとんどの市場は供給過剰であり、セイの法則は成り立たないと思われる。
農業もそうだし、工業製品のほとんどがその状態。
供給するほど、価格は下落するが、労働組合や政府が、労働賃金の下方硬直性を実現するために、それ以上に価格調整が効かず、供給過剰が解消されず、どんどん状況は悪化する。

完全市場経済なんて、たぶん、現代では妄想に近いのだろうと思う。
むしろ、不完全競争市場がほとんどであり、独占・寡占した企業が牛耳っているのだろう。

【2-2】セイの法則が成り立たない背景には、耐久財のディレンマがある。
市場に出回っている製品は消耗品とは限らず、むしろ高品質な物が多く、何度も使い回しができる耐久財が多くなっている。
過大な生産力のディレンマについて: 21世紀の風では、自動車のレンタル市場を例に説明している。

(引用開始)
「この式は、利子率iが与えられるならば、レンタル価格pは自動車の価格Pに比例しなければならないことを示している」。
 ここから、レンタル市場の需給を均衡させる価格と自動車そのものの需給を均衡させる価格は必ずしも一致しないことがわかる。「このように耐久財市場の場合には、特別の場合の他は、二つの市場が同時に均衡することはありえない。こうして耐久財がが生じると共に、価格の市場調節機構は重大な障害を蒙ることになる」。
 途中の議論を省けば、こうした場合の需給調整は、価格ではなく、数量的に生産量を調整することで行われることになる。重要なのは、自由経済の下で、価格機構は全均衡条件が成立するように機能はしないということである。それは、「供給はそれ自身の需要をつくる」というセーの法則が成立しないことを意味している。
 これは、「耐久財の持つ比重が、近代社会では大きくなったことと、生産力が増大したために耐久財について容易に生産過剰が起こりうるようになったから、生じた」のである。したがって、この問題は、市場を自由化して価格機構がスムーズに働くようにしても解決しない。こういう生産過剰ゆえに起こる諸問題を解決するためには、政府の介入が必要である。それがケインズの提唱した有効需要送出策である。しかし、「この道ですら、雇用を充分拡大するには、政府事業の経済的効率はよくないという批判に甘んじなければならない。すべては過大な生産力がもたらしたディレンマである」
 このディレンマは、社会主義と資本主義に共通するというのが森嶋氏の結論である。氏は、社会主義経済ではセーの法則が働いて、貯蓄がすべて効率を無視して投資されたために、無駄な生産が膨大に行われ、ケインズ型失業が起きなかったが、過去の投資の失敗のツケがたまり、行き詰まったというのである。
(引用終了)

【2-3】供給過剰が普通になった成熟市場では、セイの法則は成り立たず、価格調整機能が自動で動作しなくなる場合がある。
すると、すべての市場が供給過剰になってしまったら、最終的にどうなるのか?

たぶん、ベーシックインカムのように、世の中の人間全員に政府が「負の所得税」を支払って、自由に浪費してもらい、市場経済を回すしかないのだろう。
最近の日銀のマイナス金利も、そんな方向を予感させる。
皆に借金してもらって良いから、浪費してもらいたいのだ。

「現代経済学の直観的方法」では、過去にそのような事例があるという。
古代ローマも同様に供給過剰の世界であり、ローマ市民は政府からパンとサーカスを無償で与えられて生活していた。
彼らは、既に、ベーシックインカムを先取りしていたわけだ。
そして、古代ローマ人は労働倫理だけでなく、倫理そのものもなくしてしまいそうになり、そんな心の空洞をキリスト教が埋めた、という歴史があるわけだ。
では、現代ではこの問題をどう解決するのだろうか?

【3】市場経済が安定している前提として、経済成長率が永遠に増え続ける、という仮定も、何となくおかしいと思っている。
地球という星の資源は有限であるからには、いつか必ず、浪費する市場経済は地球の資源を全て使い果たして、壁にぶつかり、それ以上の発展がのぞめなくなる。
おそらくそうなる前に、おかしな予兆が現れて、マルサスの人口原理のように、自然が介入して均衡を保とうとするのだろう。

経済学は、その最終的な問題をどのように解決しようとしているのか?
僕はまだ回答を知らない。

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