工業簿記と製造業のデータモデリング
簿記2級に含まれている工業簿記を勉強して、渡辺幸三さんのデータモデリングの本「生産管理・原価管理システムのためのデータモデリング」「販売管理システムで学ぶモデリング講座 (DB Magazine SELECTION)」の奥深さがようやく理解出来るようになってきた。
製造業の生産管理、業務システムはとても奥深いし、面白い。
気付いたことをメモ。
#思いつきで書いていて、論理的な文章でないし、理解が誤っている箇所もあるかもしれないので注意。
【参考】
工業簿記
The Textbook of Cost Accounting 原価計算の解法
28日目 標準原価計算 『シュラッター図』は、恐ろしいほど万能: 矮弱の“士”たりといえども・・・
工業簿記・製造間接費の差異分析に使われるシュラッター図 - かーねる Cyber Diary
工業簿記の予算差異 とは何を意味するものですか? 名前どうりなのかもしれませ... - Yahoo!知恵袋
3分法(シュラッター図)の線について教えてください。 | OKWave
【1】工業簿記の骨格は、勘定連絡図と製造間接費差異分析のシュラッター図。
この2つを覚えておけば、後は公式を流用して複雑な計算をしているに過ぎない。
勘定連絡図は、仕入れた材料、労働者の労務費、光熱費などの経費から、直接費・間接費・加工費・仕掛品(未完成品)・製造間接費・製品(完成品)・売上原価・売上までの勘定科目の流れを表した図。
この図に必要な数値を収集して、最終的には、製造原価報告書(C/R)、損益計算書(P/L)を作るわけだ。
シュラッター図は、製造間接費の予定費用と実費用の差異分析に使う。
PMBOKのEVMに発想は似ている。
PVが予算差異、CVが操業度差異に近い。
工業簿記では製品の原価管理をひたすら計算しているが、その理由は、正しい製造原価を求めないと、本来の販売単価が分からず、出荷後に大赤字になってしまうからだ。
だから、原価差異分析はPDCAサイクルで回すやり方みたい。
【2】工業簿記では、簿記3級の時とは理解する観点が全く異なる。
簿記3級では、「消耗品費//現金」「売掛金//売上」などのように、取引を直接、仕訳に起こす。
それら日々の取引の仕訳は、仕訳帳にストックされて、月末の締に総勘定元帳に勘定科目単位に残高が集計される。
総勘定元帳はいわゆるT字形勘定で借方・貸方で記載されている。
工業簿記では逆に、T字形勘定から仕訳を起こす手法が多い。
実際は、勘定連絡図にある仕掛品、製造間接費、製品のT字形勘定へ収集した残高を入れた後、仕訳を作る。
だから、総勘定元帳にあるT字形勘定から、どんな取引が発生したのか、を機械的に理解するのが重要。
データモデリング上では、T字形勘定の集計テーブルから日々の仕訳というトランザクションへ遡ることが出来るか、という点になるだろう。
普通の人は、T字形勘定→仕訳という発想がないため、工業簿記が難しく感じられるのだろう。
【3】工業簿記とデータモデリングの関係としては、製造指図書が非常に重要。
製造指図書とは、生産計画に基づいた製品の製造の命令書。
材料や工程について細かい指示が載っていて、工場労働者は製造指図書に従って製品を作り、製造後に製造報告書に原価実績を書く。
普通は、倉庫にある材料を出庫する時に庫出票を作り、庫出票に製造指図書Noが書かれる。
製造指図書には必ず製造指図書Noという一意な番号が振られていて、製造指図書に書かれている材料は直接材料費となるから注意。
つまり、出庫されたら、材料が消費されたという意味になり、材料勘定から仕掛品勘定へ直接材料費へ移る。
データモデリングでは、倉庫の入出庫の話が非常に多いけれど、単に在庫の引当という意味合いだけでなく、バックグラウンドでは、材料→仕掛品という仕訳が発生するのが重要。
渡辺さんの「生産管理・原価管理システムのためのデータモデリング」によれば、製造指図書が重要なのは、製造指図書が
「登録→在庫の引当→発行→実作業→報告」
という複雑な処理が動くからだ。
製造指図書には、生産計画から指示された材料を在庫から引き当てて、決められた工程でどんな材料をどれだけ使うのか、が細かく決められている。
製造指図書があるからこそ、製造原価の追跡が可能になり、原価管理のPDCAサイクルが回るようになる。
この話を聞いていると、まるでチケット駆動開発におけるチケットは製造指図書みたいだな、と思った。
実際のソフトウェア開発の作業も、チケットに成果物というアウトプットの内容、作業の開始・終了の予定・実績日、進捗率、予定・実績工数などが書かれていて、リリース後に集計すれば、予定実績の進捗分析に使えるからだ。
製造業では、製造指図書でガチガチに担当者を命令するのではなく、現場担当者の裁量を生かせるように工夫しているところもあるらしい。
チケットも製造指図書も、材料(インプット)や工程(プロセス)の情報が含まれた作業指示書。
チケットを担当者がどのように扱って作業するかという工夫は、チケット駆動開発でも改善の余地があるだろう。
【4】普通のSIでもIT原価システムを多分運用しているだろう。
どのSIでも、社員の勤務時間のうち、どのプロジェクトにどれだけの作業時間が消費されているか、を毎日報告させるようにうるさくなってきている。
それが何をしているのか、も何となく想像がつく。
個別受注生産したプロジェクトで、労務費という製造原価をきちんと把握して、原価管理を徹底して将来の利益計画へつなげたいからだろう。
要は経営者の発想だ。IT技術者の発想ではない。
しかも、昨今は、製造原価のうち直接費の割合が小さくなっていて、人件費の割合が高くなっているから、製造間接費の按分によって、製造原価が平準化されてしまって、本来の製造原価が分からなくなっている。
だから、活動基準原価計算(ABC)やバランス・スコアカード(BSC)などを使って、どれだけの資源をどの活動に消費してどれだけの成果が出たのか、を追跡して評価する仕組みが必要になってきたのだろう。
SIの部課長は、自分の部の月次の損益計算書を作るために、Excelで受注管理、売掛金管理、経費の管理を四苦八苦しながらやっている。
毎月の報告で経営層から、計画と実績の差を問い詰められるわけだから、精神的プレッシャーも大きい。
なのに、彼らの仕事は正直IT化されておらず、意思決定の材料が揃っていない。
SIに限らず、普通の企業では、部課長クラスがしっかりしていないと売上も利益も増えないのに、彼らのサポートがそれほど手厚くないような気がしている。
SIの部課長の仕事を隣で見ていると、もはやIT技術者の仕事ではない。
彼らはプログラミングを書く時間すら与えられていない。
むしろ、経営者のように、組織の活動で発生する営業活動の売上・費用に責任を負うているのだ。
【5】工場が仕入れる材料の入庫、工場から製品の出荷をする場合、独特な業務用語がある。
前者は「送り状」、後者は「直送」。
渡辺幸三さんの本「販売管理システムで学ぶモデリング講座 (DB Magazine SELECTION)」「生産管理・原価管理システムのためのデータモデリング」にもこの二つの用語を詳しく説明してくれている。
工業簿記の観点では、送り状とは仕入先からの納品書を指す。
仕訳としては「材料//買掛金」が発生して、仕入先から材料が倉庫に入庫される。
納品書と言わずにわざわざ「送り状」と呼ぶ理由は、納品書に材料の単価が書かれておらず、合計金額のみ書かれていることにある。
つまり、仕入れ先の観点では、リベート(利益)がどれだけ発生しているかを顧客にわざわざ知らせる必要はないので、送り状と言う形式の帳票を手渡している。
どの業界でも、リベートは5~10%は付けているだろうから、そのリベート額を顧客が知れば、仕入れ先を変えたり、仕入価格を値下げするよう圧力をかけてくるだろう。
多分、日本独特の業務形態だと思う。
また、工業簿記の観点では、直送とは工場や仕入先から直接、得意先へ製品を出荷することを指す。
普通は、工場で作られた製品は倉庫に入庫されて、倉庫から得意先へ出荷する。
その場合の仕訳は「製品//売上」になる。
わざわざ工場や仕入れ先から直接、出荷する利点は、在庫を持つリスクがなく、倉庫代などの保管料も削減出来るからだ。
工場から直送する場合の仕訳は「仕掛品//売上」になる。
仕入先から直送する場合、自分の工場や倉庫から出荷するわけではないので、仕入先のリベート料金も取られるので、更に利益は目減りする。
なのにわざわざ仕入先から直送する理由は、仕入先が在庫管理を肩代わりしてくれているので、バッファ(緩衝材)になってくれるからだ。
例えば、在庫がない場合で緊急の需要が発生した場合や、高価な材料の割には在庫管理が大変な商品が相当するだろう。
「販売管理システムで学ぶモデリング講座 (DB Magazine SELECTION)」では、仕入先からの直送のデータモデリングの例が面白い。
自社の倉庫は経由しないのに、在庫評価基準を適用する必要があるため、あたかも自社の倉庫にあるかのように、在庫数量や在庫単価が変化する。
【6】製造業のデータモデリングは最終的には、MRP(所要量計画)とABC(活動基準原価計算)をマスターすれば、他の概念はスラスラと入ってくるような気がしている。
MRP(所要量計画)は再帰SQLをおそらく使うはず。
この辺りの理解した内容は後でまとめる。
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