日本の製造業もアジャイルの概念が必要ではないか
「世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記」を読んで、半導体業界でさえもアジャイルの概念が必要であると分かった。
考えたことをラフなメモ書き。
半導体といえば、エルピーダ破綻のニュースが記憶に近い。
電子立国日本の自叙伝は当時とても面白かったが、今はそれも遠き栄光。
DRAMは廃れ、今はフラッシュメモリが全盛の時代。
著者は元東芝のフラッシュメモリの半導体エンジニア。
「走りながら考えることが重要」と著者は説く。
半導体工場は最初から完成形が見えているわけではない。
数年後に売れるイメージを浮かべながら、工場も製造装置も作っていく。
先にじっくり考えてから動き出すのではもう遅い。
この考え方はアジャイルソフトウェア開発に似ている。
顧客も開発者もシステムの完成形を最初からイメージできているわけではない。
顧客の要望を引き出し、実際に作ってみて、顧客の評価を受けながら、少しずつ改善していく。
あるいは、マーケットの状況をうかがいながら、Webサービスを少しずつ機能改善していき、時代の流れに乗る方向へ進化させていく。
最初に決めた計画通りに物事が進むという仮定で、ガチガチに進捗を管理していく方法は今の時代には向いていない。
しかも、IT業界だけでなく、半導体という業界でも同様という話が興味深い。
似たような話は、「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」の辻野さんも指摘している。
元ソニーのエンジニアも「走りながらユーザーの力を利用して製品の完成度を継続的に上げていく」「ネットの群衆の英知を使って問題発見と問題修復をやっていく」ことの重要性を説いている。
この話はまさにアジャイルソフトウェア開発の概念そのものだ。
最初から完成形を作るのではなく、ユーザの力を利用して機能改善のアイデアを得たり、問題発見や問題修復のフィードバックをもらうことで、製品の完成度を高めていく。
辻野さんも「走りながら作っていく」姿勢の重要性を説いている。
この仕組みは既にアジャイルソフトウェア開発では、「小規模リリース」という概念によって既に明確化されている。
XPが発見し、Scrumがそれをプロセスフレームワークとして形式知にまとめた。
我々IT技術者は既に知っている考え方は、製造業では多分マイナーな考えで、誰も知っていないのかもしれない。
また、生態系という考え方も大事。
最初はデジカメの記憶媒体に過ぎなかったフラッシュメモリが、AppleのiPodによって一躍脚光を浴び、iPhone/iPadというスマートフォン市場が生まれることによって、主流となり技術革新が後押しされた。
スマートフォンがフラッシュメモリだけでなく液晶、CPUなどの部品の技術革新を各メーカーに促し、どんどん使いやすくなっている。
新製品が新しい需要を生み出し、更なる技術革新が発展していくという流れ。
そして、そのマーケットにたくさんのメーカーがしのぎを削りながら、参入してくるという生態系。
でも、どうして日本の製造業はこれほど優秀な人材をやすやすと手放してしまうのか?
青色ダイオードの中村さん、「世界で勝負する仕事術 最先端ITに挑むエンジニアの激走記」の竹内さん、「グーグルで必要なことは、みんなソニーが教えてくれた」の辻野さんのいずれの人も、優れた能力を持ちながら、社内闘争に巻き込まれて、本来の力を発揮することができず、結局会社を去った。
著者はこんなことを書いている。
日本国内に人材流動性がないため、国外に優秀な人材が流れてしまい、日本国内の競争力を貶めているという指摘。
(引用開始)
人材確保のために奔走していて最も強く感じるのは、優秀な人材がいないことではなく、優秀な人材が日本から出て行ってしまうことへの危惧です。
最近は日本のメーカーも簡単にリストラをしたり、早期退職者を募るようになりました。
国内にその受け皿がないため、そこから飛び出した優秀な技術者の多くは、韓国や台湾などの渡ってしまいます。切る側にとっては合理的な人材整理なのでしょうが、国全体から見れば貴重な人材の流出です。
(引用終了)
多分、半導体業界だけでなく、家電などの他の製造業の業界でも同様の傾向ではなかろうか?
著者は産学連携のように、企業で経営者になれなかった人は大学などの関連機関で教育や研究に携わってもらうような仕組みが必要ではないか、と言っている。
でも、この考え方は官僚の天下りと構造は全く同じ。
天下り構造は悪く言われるけれども、大学や産業界、官界との人材交流を活発化させるために必要なのだろう。
日本の製造業もアジャイルの概念が必要ではないか?と思う。
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コメント
おそらく、アジャイルというよりも商品戦略、特に世界を舞台にした商品戦略が欠如しているのが問題だと思いますよ。
いまだに日本の製造業はいい物を作れば売れると思っている。しかし、世界競争をしている現実では、世界のライバルもいいものを開発しようと切磋琢磨しています。そこで勝つためには、世界で売るための戦略が必要です。
投稿: 大野晋 | 2012/07/10 13:38