論文作成の技法part2~論文作成の観点
「勝つための論文の書き方」「創造的論文の書き方
」「これから論文を書く若者のために
」を読んでみて、論文作成の技法をまとめたみた。
ラフなメモ書き。
【4】論文作成の観点
論文のアウトラインが重要と言っても、論文が作文と違う観点がある。
「勝つための論文の書き方」「創造的論文の書き方
」「これから論文を書く若者のために
」を読んでみて、「問題の正当性」「問題解決の着眼点」「方法の妥当性」「方法と結果の再現性」「結論の有用性」の観点があると感じた。
【4-1】問題の正当性
「勝つための論文の書き方」では、序論で問題提起して、読者を驚かすのは良いが、その問いを正当化する根拠を述べるのが必要と言う。
「正当化」とは「justify」という言葉に相当し、己の言動にしかるべき根拠を与え、己の言動が正しいことを保証するという意味。
つまり、何故その問題をやるのか、その問題が本質的かつ核心的である理由を述べて、問題を明確化すること。
この正当化の説明がないと、なぜそんなくだらない論文を書いたのか、研究テーマに意義がない、問題解決しても役立たない、などの批判や評価にさらされる。
問題を正当化できれば、この問題はとても重要な意味を持っていて、解決できたらこんなに役立つんですよ、と言えるようになる。
日本語の「正当化」は、自分が誤っているのに認めず、主張を曲げない屁理屈ばかり言う悪い意味に取られがちだが、「問題の正当化」は序論の問題提起でとても重要な役割を持つ。
【4-2】問題解決の着眼点
問題解決の着眼点とは、問題をどのような観点ないし着眼点で解決するのか、どんな観点で問題を分析していくのか、を提示すること。
著者なりの問題解決の観点に相当する。
着眼点を提示しなければ、問題をどのように解決しているのか、本論を読まないと分からないので、想像しづらく読みにくい。
着眼点のよくある例は、別の分野の手法を当てはめてみることだ。
「勝つための論文の書き方」では、フロイトの精神分析では、無意識の構造を発見するために、フロイトが趣味としていた先史考古学の手法を使ったと言う。
自然科学ならば、例えば、「生物は負のエントロピーを食べて生命を維持している」と主張したシュレディンガーの考えを発展させて、物理の量子力学の手法を生物学へ応用して分子生物学の学問が生まれた。
数学や物理は背景にある思想を知らなければ理解できない: プログラマの思索
他に、「恐竜はなぜ鳥に進化したのか―絶滅も進化も酸素濃度が決めた」という本では、恐竜が生きた時代の酸素濃度や二酸化炭素濃度の推移に着目して、その問題を解決しようと説明している。
「勝つための論文の書き方」では、レヴィ=ストロースが、未開拓の学問分野に他の既知の学問分野から方法を借用するやり方をブリコラージュ(素人大工仕事)と呼んでいるらしい。
すなわち、問題解決の着眼点は、従来の手法を新しい分野に適用してみるというやり方が論文を書く方法の一つとしてとても多いのだろうと思う。
だが、以上のように、着眼点が優れていれば独創性につながる。
そして、問題解決にとても有用であることも言えるから、問題の正当性にもつながる。
【4-3】方法の妥当性、方法と結果の再現性
方法の妥当性とは、問題を実験ないし調査する上で、その方法が適切であるかどうかを提示すること。
実験方法や調査方法が適切だからこそ、得られたデータは信用できるのであり、信用できるからこそ論文の主張に説得力が出てくる。
問題解決に提示した方法が適切でなければ、論文の主張に根拠がないように思えてくる。
そして、方法の妥当性に関わる観点として、方法と結果の再現性も重要だ。
つまり、誰がやっても同じ方法で同じ結果が得られるという再現性は、自然科学の論文の正当性そのものに当たる。
iPS細胞に関わる論文捏造事件は、この再現性に問題があったとも言える。
方法の妥当性は、特に社会科学やソフトウェア工学においてとても重要な問題を提起する。
「創造的論文の書き方」では、そもそも、社会科学では、人間の集団に対する実験が極めて難しいために、データの収集や再現性に疑問点があり、しかも、多くの社会現象が1回限りの歴史性を持っている特徴から、統計技法のような厳密な数値データを採取して論理を進める手法に疑問を投げかけている。
社会科学の多くの論文が使う手法は、ある集団に対するアンケート調査や経済データを用いることだが、その方法で得られた結果は、どの範囲まで有意義なのか、を示さなければ、論理の飛躍になり、論理的根拠を失う。
例えば、ソフトウェア工学でも、あるSIのA社の少人数チームのWeb開発で得られた知見が、他の組込企業の大人数チームの製品開発へ適用できるとは限らない。
むしろ、異論反論が続出する方が普通だ。
「創造的論文の書き方」では、社会科学の論文に多い仮説検証スタイルでは、「言い過ぎる」ことに問題があると言う。
仮説検証スタイルでは、ある理論に基づいて仮説を作り、その仮説が現実のデータで支持できるか、を検証する。
すると、仮説や理論からこういう説明ができるはずと言った内容が否定される現実のデータは出てこなかった、という結果(Result)が得られると、「理論によって説明できた」「仮説は支持された」と論理の飛躍ができあがる。
その事象は、単に「理論を否定する事実は出なかった」だけであり、他の調査なら別の結果が出たかもしれないし、理論を否定する結果が出てくるかもしれない。
統計技法という精度の高い技法を持つ研究者が問題の前提条件や他のデータの制度を無視して、強引に結論を導くとしたら、その方法の妥当性に疑問符がつく。
「創造的論文の書き方」では、このような論理の飛躍は「過大一般化(オーバー・ジェネラライゼーション)」と呼ばれるらしい。
だから、偉大な社会科学の論文は、幾つかの調査結果と過去の理論から得られた結果を元にして、一つのモデル(理論)を徹底的に批判分析して、モデルを精密にしていく。
日本の巷の論説が役立たないのは、論理の飛躍があったり、方法の妥当性に疑問があったりして、説得力がなく、主張の根拠がないように思えるからだ。
社会科学やソフトウェア工学では、実証主義的な研究方法が適切であるかどうか、は論文の説得力や主張の根拠に大きな影響を与えるのでとても重要なのだ。
【4-4】結論の有用性
調査結果を元に考察し、その結論が学術的意義があるかどうか、を意味する。
例えば、その論文が新しい問題を提起していたり、新しい仮説・理論・手法・概念を提示していれば、今までにない新しい知見をもたらしたとして、とても有用性があるだろう。
特に、新しい概念や新しい理論を提唱できれば、研究結果の独創性があると評価されるだろう。
「創造的論文の書き方」では、良い理論の例として、ケインズの「有効需要」、マルクスの「剰余価値」をあげている。
つまり、論文で提唱された新しい概念が、提起された問題だけでなく、他の問題や社会現象もうまく説明してくれる点があるということ。
ソフトウェア工学でも、信頼度成長曲線という手法が品質管理で新しい知見をもたらしたし、6つの品質特性という概念が品質管理を考察する上でとても重要な役割を持っている。
でも、論文の独創性を出すのはとても難しい。
だが、「創造的論文の書き方」で述べているように、論文で議論した本質を突き詰めると、こういう説明ができるはずだ、という深い洞察につながる示唆が得られる時がある。
その時は、その洞察の適用可能性の問題を脇において、一般化するのではなく、過大概念化(オーバー・コンセプチャリゼーション)を行なってもいいのでは、と言う。
つまり、論理の飛躍を自覚しながら、新しい概念を提唱してもいいのでは、という指摘。
例えば、チケット駆動開発が広く普及した理由の一つは、分かりやすい概念(チケット駆動、No Ticket, No Commit)が開発現場の問題に上手く適用できた点があったのだろうと思っている。
でも、チケット駆動開発が開発現場の全ての問題に適用できるわけではなく、その適用範囲について、皆がケンケンガクガク議論している真っ最中。
むしろ、新しい概念を提示したおかげで、概念を知った読者が刺激されて、適用してみようと試行錯誤している最中と言える。
僕自身の経験からして、新しい言葉や概念を故意に提唱できれば、独創的な結論へ導けるだろうと思っている。
【5】論文を書きやすいタイプ
論文を書きやすいタイプはいると思う。
自分の経験や他人を見たりしてみて思うのは、自分なりの仮説を持っている人、現場でたくさんの疑問を持つ人は、論文のネタをたくさん持っている。
ビジネスの現場で苦労している人ほど、理論通りに現実が動いていないことが分かっている。
経営学の論文を書きたいなら、自分で事業を起こして、どうやったらビジネスで儲かるのか?という問題を自ら実証すればいい。
ソフトウェア工学の論文を書きたいなら、高品質で高効率な開発方法は何だろうか?という問題をいつも持ちながら、プロジェクトを運営してみればいい。
自分の経験という実証例を持っている人は、論文で書きたい問題をすぐに見つけられるし、その問題解決の方法を自分の経験から探し出せる。
後は、あいまいに感じている確信をどれだけ論理的に説明して、新しい言葉や概念までまとめられるか、が問題なだけだ。
逆に言えば、経験値が少ない学生は論文を書きにくいと思う。
そもそも実証したい仮説というネタ、疑問に思う問題に出会っていないからだ。
僕がチケット駆動開発を偶然見つけたのは、CMMI・ウォーターフォール型開発・アジャイル開発・RUPなどを適用して失敗した例をたくさん見てきたからだ。
チケット駆動開発は、僕がやっていた開発現場で見つけた解決方法の一つ。
だから、自分の経験をベースに説明できるので、他人の批判に対して論理的に説明する自信はある。
最近、IT勉強会が日本中であちこち開かれていて、発表者は自分の経験を元に事例を発表されている。
彼らの講演資料のアウトラインを見れば、現状の問題に対し、自分なりに考えた方法で試してみて、こんな結果が出た、という流れが多い。
すると、その講演資料の流れは仮説検証スタイル又はIMRAD形式に近いので、論文の元ネタそのものになっている。
だから、IT勉強会という場で発表する機会が多い人は、自分の体験談をうまくまとめるコツさえ身に付ければ、独創的な論文を書ける可能性があるだろう。
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