「受注生産に徹すれば利益はついてくる」の感想~ERP普及が上流工程の軽視を助長している
@hatsanhatさんから借りた本「受注生産に徹すれば利益はついてくる」を一気に読んだ。
渡辺幸三さんの本「生産管理・原価管理システムのためのデータモデリング」を読んできたものの、腹の底まで理解してなかったけれど、「受注生産に徹すれば利益はついてくる」を読んで、製造業の業務システムのコツが何となく理解できたような気がした。
理解できた内容をラフなメモ書き。
【参考】
書評:「受注生産に徹すれば利益はついてくる!」 本間峰一・著 : タイム・コンサルタントの日誌から
【1】受注生産の会社は下請け業者の意識が強い。
日本の製造業の大半は受注生産。
自動車も顧客ごとの要望を受けて受注生産する。
旧電電ファミリーの家電メーカー(NTT、NEC、富士通、OKI、日立)も、旧電電公社の通信機械を受注生産する所から発展してきた。
重電メーカーの三菱、東芝、日立も同様。
だから、これらの受注生産のメーカーの企業風土は、今も中堅の下請け部品メーカーのそれと変わらない。
つまり、大手重電メーカー、大手家電メーカー、大手部品メーカーも受注生産がメインで、その組織風土が残っているわけだ。
すると、マーケティングを使った華やかな最終製品メーカーに比べると、地味で、社員も下請け意識が強い。
ほとんどの受注生産企業はB2Bなので、知名度も低い。
大学4年生で就職活動している学生は、B2Bの大手の受注生産メーカーをほとんど知らないのが実情。
だから、自社の知名度が低いゆえに劣等感や卑屈感を持つ人もいる。
また、受注生産メーカーは取引先企業の意向に沿うビジネスになるので、経営の自由度が低い。
取引先からのコスト削減要求を受けるために、社員の給料も最終製品メーカーに比べると低かったりする。
さらに、地味な社風であるがゆえに、ぬるま湯体質にもなりやすい。
大手の取引先から安定して受注生産していると、安定して売上や利益は得られるので、対外的な派手な宣伝活動もなく、大儲けして社内が盛り上がることもない。
業務改善活動は、取引先からの圧力で始めることがあっても、社員自らが率先して業務改革に取り込むことは少ない。
なぜなら、社員自ら改善活動を行うインセンティブがないからだ。
従って、社員全体が指示待ち状態に陥りやすく、自ら考えて動かなくなる。
正直、日本の製造業の大半は、このような傾向が多いのではないだろうか。
【2】しかし、受注生産は日本人に向いている。
見込生産は、大量生産・大量販売の頃の生産方法。
受注生産は、わがままな取引先や顧客の要求に柔軟に応えて生産する方法。
「日本人独特の感性」のおかげで、取引先や顧客のわがままな要求を柔軟に取り入れて形にすることができる
日本の経営者のリーダーシップや経営能力が世界基準で低くても、日本の現場にいる技術者は優秀だからだ。
日本のビジネスマンは勉強熱心な人が多い。
そんなビジネスマンがマーケティングや経営戦略を勉強していると、アップルやグーグルのようなベンチャー企業の精神溢れる事例に比べて、受注生産メーカーの経営戦略が貧弱に見えてくる。
しかし、日本の企業経営者がマーケティング戦略を重視していないのは、彼らが無能だからと一概に言えない。
取引先とのパイプが受注生産メーカーの最重要生き残り戦略。
すると、売上計画は取引先の業績に左右され、自社独自で計画立案してもあまり意味が無い。
マーケティング・マネジメントの基本戦略の4Pですら、自社で自由に管理できない。
むしろ、受注生産メーカーは、マーケティングの教科書に出てくる経営戦略を作るよりも、取引先や仲間の下請け企業と人的パイプ作りを強める方が効果が出る。
受注生産メーカーがマーケティングを重視した新製品・新事業に乗り出したり、イノベーション重視の戦略をいきなり乗り出しても、簡単に成功はありえない。
むしろ、日本人に向いた「受注生産」を極めた方がいい。
【3】受注生産は、MTS~ATOまで4種類ある。
【3-1】ETO:受注設計生産。
設計前に受注してから精算する。
たとえば、造船業や建設業。金型メーカー。
相手の要求に合わせて製品を作るので顧客満足度は高い。
しかし、納入に3~6ヶ月かかるので、納期調整が難しく、仕掛品在庫が増加しやすい。
ソフトウェア業界の受託開発もココに当てはまるだろう。
【3-2】MTO:受注生産。設計済みの製品を、受注を受けてから生産する。
たとえば、機械部品、産業機械。
日本の多くの中小製造業は、ココに当てはまるだろう。
納入に1~2ヶ月かかる。
注文や内示情報をトリガーとして生産開始するので、自社独自で個別製品別の生産計画を作れない。
すると、工場の操業度が変動しやすいため、損益の変動が激しいから、赤字になったり黒字になったりする。
【3-3】ATO:受注組立生産。あらかじめ先行手配した部品を税込しておき、受注した時点でその部品を組み立て製品を出荷する方式。
たとえば、デルのPC。トヨタの国内向け自動車。
多品種少量生産の企業に多い。
受注生産メーカーの究極の競争優位戦略とも言える。
顧客対応面では優れている反面、在庫が増えやすく、工場の操業度の変動が激しい弱点がある。
【3-4】MTS:製品在庫生産。別名、見込生産、計画生産。
先行生産した製品在庫を出荷倉庫に積み上げておき、注文に応じて出荷する。
短納期で出荷できる。
受注生産が基本の企業も、MTS指向が多い。
受注生産メーカーでも、保守部品だけはMTSという企業も数多い。
MTSの企業では、MRPという生産システムを必ず持っている。
MRPは、BOMから部品展開して部品の必要数量とリードタイムを計算する。
しかし、MRPは使いにくいので有名だ。
しかも、MRPは受注生産に不向きだ。
【3-5】MRPの部品展開計算(MRP)を手作業で実施するのは非常に難しく、生産管理パッケージ製品を導入して実現するのが普通。
しかし、MRPの問題は、あいまいなInput情報への対応が苦手なために、取引先のわがままな要求に対する生産計画を立てづらいことだ。
だから、普通は、欠品状態を出さないように、眺めのリードタイムや短めの納期を設定したりして、個別に対応する時が多い。
また、MRPでは「タイムオフェンス」という機能があり、ある時期を過ぎたら計画変更を一切できないような仕組みがある。
しかし、受注生産メーカーは取引先のいかなる要求にも対応せざるを得ないから、タイムオフェンスは受け入れがたい。
現実には、現場要員が手作業で生産計画を調整しがち。
すると、MRP生産管理システムを正しく運用している製造メーカーは、日本では極めて限られる。
一般には、全ての部品で同じリードタイムを設定したり、部品展開後にすぐに指示書を出すように、部品展開計算だけを利用する。
これでは、MRPが目標とするJIT生産に程遠く、仕掛品在庫の削減、欠品による製造作業の停止抑制などは実現できない。
逆に生産管理システムを有効に動かすために、余分な在庫を持たせて生産ラインを止めないようにする、といった本末転倒なアプローチが多くなる。
この辺りの話を聞くと、ソフトウェア開発のWF型開発の弱点や問題点と全く同じだ。
【4】MRPやERPの導入、運用は受注生産に向いていない
【4-1】では、なぜ、MRP生産パッケージ製品はこのような問題があるにもかかわらず、生産管理パッケージ製品の標準になっているのか?
その理由は、MRPロジックが機能しなくても、製造業の業務一般をカバーする必要な標準機能が網羅されているために、それら機能を使うだけでも、かなり自動化されるし、作業を標準化できる恩恵が得られるからだ。
たとえば、各種の作業指示書、伝票の発行、在庫管理、計画と実績の予実管理など、現場業務をサポートする機能が一通りそろっているので、一からスクラッチで開発する必要はない。
特に、部品展開計算は非常に難しい機能なので、スクラッチ開発するのは非現実的。
むしろ、パッケージ製品を購入した方が、たくさんの企業の導入実績があるほど、品質は高いだろうから、安くつく。
つまり、MRP生産パッケージ製品を受注生産メーカーが導入する場合、JIT生産だけあきらめれば、自動化や標準化などのメリットは得られる。
しかし、その生産システムは製造指示書の発行、生産完了報告の入力だけに特化した矮小化したシステムに過ぎない。
【4-2】本来は、受注生産メーカーはトヨタのようなATO生産方式で生産したい。
だが、MRP生産ソフトでATO生産方式を実現するのは相性が非常に悪い。
MRPは元来、MTSをベースとした仕組みのため、ATO方式の現場に適用すると、たくさんの問題が噴出するからだ。
たとえば、自動車の組立生産では、何万~何十万の部品をあらかじめ先行手配しなければならないが、MRPソフトによっては、先行手配した部品が存在するかの確認が苦手なものがある。
すると、少しでも部品の欠品が出ると、それを使っている製品の全てのMRP計算結果にアラームが出てしまい、いつまで経っても所要量計算が終わらない。
アラームのリカバリー業務だけに多大な時間が費やされ、製造業務が滞るリスクがある。
MRPだけでなく、販売管理、会計管理など企業の業務全般を統合した基幹系業務システムがERPだ。
代表例はSAPだろう。
特に、日本国内だけでなく海外にも工場を展開する製造メーカーは、SAPを導入するのが基本だ。
というか、SAPがグローバルスタンダードという宣伝に売り込まれて、日本の大手製造業はほとんど導入しているだろう。
【4-3】ERPの本来の目的は、経営者の経営数値管理の強化にある。
ERPを活用すれば、各部門や製品の採算管理が厳格になり、部門評価も行える。
最終的に、各事業の事業責任者(普通は、事業部長)に対し、売上・利益拡大意識を高め、企業全体の経営効率が高まると信じられた。
しかし、ERPが主導する経営効率化は落とし穴がある。
ERPが対象とする経営効率化は、基本はコスト削減や在庫削減という守りの戦略なので、新しいマーケットの開拓などの攻めの戦略はやりづらい。
必然的に、取引先や下請け企業への無理な要求の乱発につながりやすい。
大企業の守りの効率化は、多くの下請けの受注生産メーカーを苦しめるだけで、日本経済の利益になっていない。
また、ERPは欧米の独立最終製品メーカーで効果を発揮するように作られているため、日本のような受注生産メーカーのビジネススタイルに合致していない。
取引先のわがままな要求に対応する受注生産ビジネスでは、メーカーごとに業務の形態がかなり違って当然だ。
そこで、ERPで個別の業務を対応するようにすれば、ERPのカスタマイズが発生し、追加費用が必要になる。
さらに、ERPのバージョンアップに追随してカスタマイズした機能も保守しようとすると、スパゲティソースになってしまい、保守費用が思った以上にかさんでしまう。
【4-4】日本の現場は、現場の責任者の機転によって処理される業務が多く、そうした業務のおかげで受注生産力を高めている。
なのに、肝心の受注生産力がERPの導入で制限を受けると、受注生産メーカーの競争力を落としてしまう。
そのため、大手の受注生産メーカーは、ERPのカスタマイズで全ての業務を実現するのではなく、下請けや取引先に業務のバックアップを求めるようになっている。
つまり、大企業からの要求の複雑化を誘因しており、下請け企業や小会社に理不尽な業務が押し付けられているわけだ。
【4-5】取引先からのわがままな要求に答えるには、受注生産メーカーにも優れた基幹系業務システムが必要だ。
しかし、最近、日本の受注生産メーカーの情報システムを利用したサービスレベルが低下した事例が多くなってきた。
その原因は、ERPブームがある、と著者は述べている。
従来は、どのメーカーも自前でスクラッチで基幹系業務システムを開発して運用していた。
そして、1990年代後半ERPというパッケージ製品を導入するブームが湧き、殆どの企業がERPを導入した。
ERPの謳い文句は、その業界のベストプラクティスがあるからそれに合わせた方がむしろ良く、ERP導入の方がスクラッチ開発よりも初期費用も運用費用も安い、と。
しかし、取引先要求に業務を合わせることで成長した日本の受注生産メーカーには、ERPが馴染まなかった。
パッケージの標準機能に合わせてしまうと、痒い所に手が届くような対応してきた業務はERPでカバーできないからだ。
すると、取引先の要求を無下に断るわけにもいかず、多額な費用をかけてERPを改造する場合が多い。
更に、問題を根深くしたのは、ERPのVerUpにカスタマイズした機能を追随するコストが年々大きくなったことだ。
その結果、日本の受注生産メーカーの強みである「個別要求対応力」を生かしづらい。
だから、旧来のシステムのようにスクラッチ開発を目指す企業もいる。
しかし、昨今のERPブームの影響で、ベンダーにも受注生産メーカーにも業務の分かるSEがほとんどいなくなったため、今度は個別開発にも多額な構築費用がかかるようになった。
つまり、ERP普及が上流工程の軽視を助長しているわけだ。
結局、ERP導入にせよ、スクラッチ開発にせよ、受注生産メーカーの基幹系業務システムはROIが悪いわけだ。
【5】他にも、「全部原価計算よりもTOCのスループット会計で原価管理した方がいい」「MTO型の受注生産は追番管理、ETO型の受注生産はWF型風のプロジェクト管理が向く」という優れた記述があり、なるほどと思った。
受注生産と言えば普通は製番管理だが、追番管理は渡辺幸三さんが提唱する「在庫推移方式」の仕組みに似ている、とか、色んな気づきがあった。
追番管理は、戦前の中島飛行機(零戦を作った会社)が生み出した生産方式だった、とか、裏話も面白かった。
Twitter / hatsanhat: @nmrmsys 追番管理を知っている方がいて心強いです。リンクしてくれた本には繰り返し生産用と書かれてますね。受注生産に向いている方法だと思ってました
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