「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」の感想
「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」の本がとても良かったので、感じたこと、考えたことをラフなメモ書き。
自分の考えと感想を混ぜて書いているので、ロジカルでない。
医学書院/週刊医学界新聞(第3054号 2013年12月02日)
【0】書店に行くと、ロジカルシンキングや論理的思考の書籍がたくさん並んでいるし、たくさん売れている。
なぜ、そんな本が売れるのだろうか?
「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」を読んだ後、たぶん、日本人は小学校から大学まで論理的思考の訓練を習得しないまま就職して、実際のビジネスで数多くの論理的思考を使う場面に遭遇するので、慌てて勉強し直す必要があると感じているから、と思った。
【1】ロジカルシンキングとかクリティカルシンキングとか、色んな本を読んできたけれど、「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」を読んで、ようやく、日本語での思考と英語での思考では方法が違うのだ、という事がよく分かった。
もちろん、英語でも日本語でも、言語を使うのだから、論理的な思考を行う方法は双方とも適用できるし、同じ結果も得られる。
しかし、日本語というツールは、その内包する弱点を特に意識しなければ、たぶん、論理的に思考する時に数多くの落とし穴にはまってしまいがちなのだろう、と感じた。
【2】日本語の最大の弱点は、主語なしでも書けること。
【2-1】「私は」「あなたは」「彼が」という言葉を使わなくても、自分の主張を公表できる。
むしろ、日本語では、「私は~と考えます」といつも使っていたら、自己主張が強すぎ、のように思われて、引いてしまう雰囲気になる。
しかし、英語だろうが他の言語では「I think~, because~」という表現は普通だ。
そういう構造が言語に埋め込まれていれば、自然な発言が自己主張につながるし、自分の立場を明確に公表する、という言動につながっていく。
日本の小学校・中学校の国語の試験問題を見ると、「この文章の主語は誰でしょう?」みたいな問題があったりする。
こういう主語探しの問題は、英語ではありえない。
日本の文学では、主語なしの文章で、故意に複数の解釈を埋め込む技法もある。
例えば、川端康成の「雪国」の最初では、トンネルを抜けたら雪だった、という文章の主語を故意に省略し、後で、主人公の発言であったかのようにストーリーが進む。
しかし、こういう文学的技法は、政治やビジネスのように交渉する場面では全く不要。
日本人は自己主張が弱い、という理由は、たぶん、「私は~と思います。理由は~だからです」という文章が日本語の構造として形式的すぎて、日常会話で話すと不自然に感じてしまう、という弱点があるからだろう。
よって、「主張→根拠→結論」という一般の3段階論法を、日本語で自然に話すのが、上手くフィットしない雰囲気を感じてしまうからだろう。
【2-2】「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」で興味を惹いた点は、中学生向けのドイツ語の小説で、文章の主語が3人称→1人称→3人称に変遷する時に、読者である中学生がその文章の主人公に意識を挿入しやすいことがある、という指摘。
実は、その小説で男の心理を3人称で語っている文章は、第三者的視点で客観的に語っているのだが、1人称で語っている場面では、男の心の中の動きであり、主観的であり、実は狂気な言動、という仕掛けになっている。
つまり、中学生は、日常生活ではありえない狂気の男性の心の中に入り込むことで、小説内で疑似体験しているわけだ。
そういうテクニックもあるらしい。
【2-3】他の日本語の弱点として、時制がないという点もある。
「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」の一節では、ドイツの小説には過去形の文章が続いた後で、現在形の文章に急に変わった場面がある。
実は、過去形の文章は他人事だが、現在形になることで読者がその状況に入り込むことで、小説内で疑似体験するように仕向けている、と言う。
しかし、そういう技法を日本語で翻訳しようとすると、変な日本語になってしまって読みづらい、という事もあるのだろう。
【3】「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」で「説明の黄金律」というものが紹介されている。
空間配列、時系列、重要度(度合い)の3つだ。
この考え方をドイツでは小学生低学年から叩き込まれるのに、日本の小学生は国語でも習わない。
【3-1】特に、空間配列(Spacial Order)という考え方を日本人は意識していない。
これは構造の順序そのもの。
説明の順序は、外から内へ、大から小へ流れる。
しかし、日本人のよくある説明は、空間配列の順序で整理して話さないために、あちこちの論点に散在する説明になってしまい、主張や結論が曖昧に聞こえてしまう。
「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」では、フランスの国旗の説明で空間配列を説明せよ、という問題があり、良い回答と悪い解答の比較が非常に面白い。
また、「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」によれば、絵の分析は、空間配列の考え方の強化に最適らしい。
絵の分析は、事実と意見の違いを明確に区別する訓練にもなるらしい。
たとえば「偉大な物理学者アインシュタイン」という文章では、どこまでが事実で、どれが意見解釈なのか?
それを即座に読み取れるか?
【3-2】空間配列=構造の順序、時系列=時間の順序、重要度=比較の順序。
実はこの考え方は、バーバラ・ミントの名著「考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則」にも記載されていた。
彼女の本には、この考え方は小学生頃から知っているから、という一節が書かれているが、実は、日本の小学校の国語ではこんな考え方を僕は習って来なかった。
だから、論理的に思考する、論理的に話す、という手法に苦労してきたのかもしれない。
【3-3】「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」では、物語の構造についても詳しく説明してくれている。
簡単な具体例は、桃太郎。
物語の構造は、英語であれ日本語であれ、古今東西同じ。
物語の構造は、状況→複雑化→疑問→答え、という流れになる。
しかし、英語圏ではこの物語の構造という考え方を明確に小学生の頃から教わっているのに、日本の小学校では明確に教えられていない。
実は「状況→複雑化→疑問→答え」という考え方は、バーバラ・ミントの名著「考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則」の最初に記載されている。
「考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則」では、プレゼンのイントロ部分では、古典的な技術であるストーリー形式(物語形式)で始めると聴衆を引き込みやすい、という一節がある。
その一節で、「状況→複雑化→疑問→答え」という考え方が紹介されていた。
僕が、バーバラ・ミントの名著「考える技術・書く技術―問題解決力を伸ばすピラミッド原則」を最初に読んだ時、とても堅苦しくて読みにくい本だ、どこが名著なのか分からない、と感じていたが、「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」を読んで理解した後で読み直すと、なるほど、そういう背景があったのか、とようやく理解することができた。
【4】パラグラフ・ライティングという技法も、日本の国語の授業で習わない。
トピック・センテンス→サポーティング・センテンス→コンクルーディング・センテンスという流れ。
トピックセンテンスには、コントローリングアイデアが必要。
パラグラフ・ライティングには5つのルールがある。
・各段落に話題(テーマ)は一つ。
→日本語なら、意味段落に相当する。
「意味段落◆----形式段落」のような構造。
日本語の文章は、形式段落がむやみに多すぎるので、意味段落にまとめる作業が別途発生する。
「形式段落を意味段落にまとめよ」という国語の試験問題もあるらしい。
・話題文(トピックセンテンス)は段落の先頭に置く。
・話題文だけで話を成立させる
→コントローリングアイデアに相当。
・不用意に接続詞を置かない。
・論理を整理しておく。
パラグラフ・ライティングを発展させると、「序論→本論→結論」という学術論文の基本構成になる。
つまり、小学生が習うパラグラフ・ライティングを起点として、10年かけて論理的思考を徹底的に訓練した後、大学生の卒業論文という結果になる。
【4-1】日本人の文書が分かりにくい、と言われる原因のうち、最大の原因は、起承転結のスタイルで書いているからだろう。
起承転結のスタイルでは、前置きが長く、結論が一番最後になるので、すぐに結論を判別できない。
だから、エレベータートークで話すように訓練しろ、と、新人社員はよく言われるわけだ。
日本語の文章は、結論が後回しになりやすい。
他にも原因がある。
一つは、空間配列の技法を習得できていないために、情報を構造として整理できていないこと。
情報を外から内へ、大から小へ、という構造で整理していないので、情報の粒度がバラバラで、論点が分かりづらい。
ちょうど、外部設計から内部設計へ、というソフトウェア設計の考え方と同じ。
いきなり、プログラムの詳細設計レベルの話をされても、そのシステムは結局何ができるのか分からない、という問題と同じ。
もう一つは、日本語特有の論理スタイルが悪いこと。
たとえば、主語なし文章のようなゾンビ文。
時制が曖昧。
形式段落が多すぎて、意味段落としてまとめられていない。
【4-2】日本でオブジェクト指向が普及しなかった、という理由の一つは、オブジェクト指向の日本語の文章が感覚的に変、という事もあるだろう。
「オブジェクトが~する」という文章は、まるでモノが人のように振る舞う点が日本語として感覚的でない。
むしろ日本語としては、「オブジェクトは~される」という受動態で表現する方が感覚的に読みやすい。
つまり、逐次実行的な受動態の文章スタイルの方が、詳細設計の文章は肌感覚で合う。
【4-3】「空間配列・時系列・重要度」という考え方は、チケット管理にも即座に適用できる。
空間配列は、チケットの粒度そのもの。
WBSのように、工程→作業→成果物のように粒度を詳細化していく考え方と同じ。
時系列は、チケット登録日、更新日の順序と同じ。
重要度は、チケットの優先度、チケットの並び順、リリース順、と同じ。
【5】「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」では、自分の意見を立証するための構造として「トゥールミンモデル」が紹介されている。
たとえば、絵の分析で、こういう人物が描かれているので、私はこう考えた、と主張する時、その証拠とその論拠を明確にして、主張を支える技法だ。
この技法を発展させると、クリティカルシンキング、クリティカルリーディング、批判的思考につながっていく。
トゥールミンモデルの考え方は、ゴール思考モデル(GSN)につながるし、昨今の自動車業界における機能安全規格の要件適合やシステム適合性にもつながる。
つまり、なぜこの自動運転システムは機能安全といえるのか、という主張を支えるための証拠や論拠を揃えて、論理的に組み立てる必要性があるわけだ。
【6】「大学生・社会人のための言語技術トレーニング」に書かれている素材は、小学生の国語の内容と同じ。
しかし、ロジカルに読む・書く・考えるという技法は、実は日本人は意識していないのかもしれない。
僕自身も明確に意識していなかったので、改めて、理解できた部分は書き残してみた。
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