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2019/12/27

捏造された聖書の感想

とても面白い。
キリスト教が誕生して、カトリックと三位一体説が正統派として確立するまでの間、数多くのキリスト教の流派があり、それぞれで議論して闘争していたのがよく分かる。

つまり、中国の諸子百家、インドの仏教とジャイナ教の対立のように、原始キリスト教も数多くの流派がそれぞれの自説を主張して生存競争をしていたわけだ。

「捏造された聖書」を読む前に、下記を読んで、キリスト教における三位一体説を理解していたので、聖書が改ざんされた意図や背景が良く理解できた。

キリスト教の発展、分裂後の東西ローマ帝国 http://www.geocities.jp/timeway/kougi-19.html

論点は「イエスは神なのか?人間なのか?」
現存のキリスト教は、三位一体説を奉じるので、イエスは神であり人間でもあるが同質である、という立場。

原始キリスト教の世界では、イエスは人間だったという養子論、イエスは神であるが旧約聖書にあるユダヤ教の神とは違うという仮現論、イエスは人間イエスと神キリストの二つの物理的存在に分割されているという分割論、など多数の流派があった。

しかし、三位一体説を奉じる流派が唯一生き残ったことにより、それら流派の解釈を許さないように、聖書の文言を改ざんしていった、というストーリー。

だから、最近になって、三位一体説を否定するキリスト教の流派、たとえば、エホバの証人、とか、モルモン教などが、現存のキリスト教はおかしいのであって自分達が本来のキリスト教なのだ、と主張しているわけなのか。

こういう理解ができた後、今のキリスト教を信じている人は、この本は信仰を否定するような内容になるので、危険な本だろうな、と思う。
読んでいてハラハラした。

捏造された聖書では、他にも、現代から真の聖書を探していく作業、つまり文献分析学の話を相当詳しく説明してくれているので、とても分かりやすい。

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