SaaSのビジネスモデルがアジャイル開発を促進したという仮説
「ソフトウェア・ファースト」を読んで、改めて、アジャイル開発はSaaSの開発プロセスを発展させたものとみなすのだと考えた。
ラフなメモ書き。
【参考】
ソフトウェア・ファーストの感想: プログラマの思索
【1】「ソフトウェア・ファースト」を読むと、製造業などの一般産業は、SaaSのようにどんどんサービス化すべきだ、という主張が背景にあるのが分かる。
では、SaaSというビジネスモデルの特徴や本質は何だろうか?
この問いに自分なりに考えてみたら、複数の特徴があるように思う。
【2】SaaSはScrumと相性が良い。
たとえば、パッケージ製品ビジネスや大量生産ビジネスでは、たくさん作って販売してそれで終わり。
一括請負契約で作って納品したら終わり。
顧客とメーカーは、クライアント-ベンダー-アンチパターンにはまりやすい。
「クライアント-ベンダーアンチパターン」という根本問題: プログラマの思索
一方、SaaSでは、常にサービスや機能を頻繁にVerUpしていく。
その頻度も1ヶ月に1回ではなく、1日に数十回もざらだ。
SaaSのインターフェイスは、ユーザがスマホやPCで触っているので、すぐにその機能を試してもらえるし、彼らの要望を即座に反映するほど、顧客満足も高まる。
そういうニーズがあるので、頻繁なリリースを実施する動機づけになる。
その場合、社内の開発体制はScrumに似せると開発しやすくなる。
マーケティング担当者や経営者がプロダクトオーナーの役割を担えば、社内に開発チームとスクラムマスターを作れば、即座にScrumが出来上がる。
SaaSの場合、プロダクトオーナーに相当する人が社内に存在し、その能力を持ち合わせている時も多いのがメリットだろう。
その後は、会社の規模やビジネスの規模に合わせて、Scrumをスケールすればいい。
【3】SaaSはDevOpsと相性が良い。
リリースしたら、その後も運用し続けるので、開発と運用保守は一体化すべき流れになる。
一方、普通のSIであれば、インフラチームと開発チームは分離されていて、機能別組織になりやすい。
機能別組織の弱点は、チームや組織ごとに体制の壁ができてしまい、意思疎通が困難になることだ。
コンウェイの法則「アーキテクチャは組織に従う」によって、システムのアーキテクチャは縦割りの複雑な組織構造を反映した形になってしまい、システムはどんどん複雑化してしまう。
もちろんSaaSも、ビジネスが発展すれば肥大化するだろう。
しかし、開発と運用保守は一体化した方がいいというビジネス要求や現場からの要求が出てきやすいので、DevOpsを推進する動機づけになる。
もちろん、技術的にも、SaaSはクラウドと相性が良い。
だから、クラウドエンジニアはインフラエンジニアだけでなく、開発者でもありうるので、事実上、インフラチームと開発チームは一体化しやすい。
また、ここからマイクロサービス・アーキテクチャも実装しやすい。
AWS上でSaaSを運用すれば、LambdaやAurora、AWSの各種サービスを利用することになるだろう。
単に性能改善やスケールメリットが活かせるだけでなく、システム基盤をマイクロサービスとして組み立て直すことにより、SaaSは汎用的なAPI基盤になっていくだろう。
そうすれば、外部サービスと連携できるので、より多種多様な機能を顧客に提供しやすくなるメリットも出てくる。
【4】SaaSはB2Cのプラットフォームビジネスと言える。
アメリカのGoogle、Amazon、Apple、Facebookがそうだし、中国のBATも同様だ。
多数の顧客に対し、プラットフォームを提供することで利便性がどんどん増していく。
そのビジネスの本質は、製造業が持つ規模の経済ではなく、ソフトウェア特有のネットワークの経済という理論が背景にあるはず。
たくさんのユーザが使ってくれるほど、SaaSは重要性を増して、売上を指数関数的増大させていく。
「プラットフォーム革命――経済を支配するビジネスモデルはどう機能し、どう作られるのか」を読むと、プラットフォームのビジネスモデルは独占ビジネスなので、その売上は、そのサービスの市場規模と同等になるまで高められる。
つまり、市場規模と同等だから、小さい国家のGDPよりもはるかに大きな利益を得ることも可能。
SaaSはB2Cのビジネスなので、顧客のフィードバックをすぐに取り込みやすい。
ランダム実験やABテストも実現しやすいので、サービスやビジネスモデルを仮説検証しやすい。
つまり、SaaSでは、念入りに考え抜いた計画を作って数年かけてリリースするよりも、仮設を立てたら、複数のサービスを同時リリースして、ランダム比較化実験でその効果を測定した方が速い。
興味深いのは、米国や中国では、SaaSのトッププレーヤーはB2Cなのに、日本の楽天やモノタロウなどはB2B2Cというスタイルで異なる点だ。
もちろん、LINEのように、日本国民の殆どとつながっていて、その連絡先とつぶやきのようなログデータを既に持っている会社はB2Cだ。
しかし、日本で目立つSaaSプレーヤーはB2Bのクッションを通過した後でB2Cを提供するビジネスモデルが多いように思える。
その理由は分からないので、いつか知りたい。
プラットフォーム革命の感想~プラットフォーム企業は新たな独占企業である: プログラマの思索
【5】SaaSでは、大量のログデータがビジネスの副産物として採取される。
データはいくらでもある。
そこから、機械学習やディープニューラルネットワークに大量データを食わせることで、優れたAIエンジンを生み出すことも可能だ。
B2Cのプラットフォームビジネスでは、ユーザの個人情報は特定できるし、その購買行動はプラットフォーム上で全て追跡できる。
よって、ペルソナを仮想的に作って、より購買を促すようなプロモーションを打ち出して、潜在ニーズを掘り起こせる。
「告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル」によれば、Facebookで、個人に68個のいいねがあれば、その人物に関する非常に具体的な情報をモデルから予測できる。
70個のいいねで、そのユーザの友人が知るよりも、その人の多くの個人情報がモデルから推測される。
150個のいいねで、親よりも、その人の多くの個人情報がモデルから推測される。
300個のいいねで、パートナーよりも、その人の多くの個人情報がモデルから推測される。
さらにその多くのいいねを見れば、ユーザが自分自身について知っていると思っている以上の個人情報がモデルから推測される。
つまり、個人の大量のログデータを収集できれば、その個人を丸裸にできる。
その個人情報を他人が知っている情報だけでなく、その個人自身が知らない潜在ニーズまで推測できるわけだ。
すなわち、ジョハリの窓という理論は、AIを使えばほぼ完全に実現できる可能性があると思う。
(それを悪用したのが、ケンブリッジ・アナリティカであり、彼らは、どの個人にどんなプロモーションを送ればどんな選挙行動に移してくれるか、を徹底的に研究して、トランプ効果や英国のEC離脱を生み出したわけだが。)
そんなことを考えると、SaaSは機械学習やニューラルネットワークと非常に相性がいい。
だから、テスラみたいに製造業もどんどんSaaSにシフトしているのだろうと思う。
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