トランザクティブ・メモリーを使え~「プロジェクトをリードする技術 / Project Leading is Skill」の資料はプロジェクトリーダー初心者にお勧め
プロジェクトをリードする技術 / Project Leading is Skill - Speaker Deckを読んで、特に「トランザクティブ・メモリー」が良かった。
良い資料と思ったのでメモ。
プロジェクトをリードする技術 - kakakakakku blog
【1】プログラマ上がりのプロジェクトリーダーは、プレイングマネージャーだと思う。
すると、一人でプログラムを書いたり、自分でバグ修正した方が速いわけだが、それではチームは回らない。
いかにチームを回すか?
上記の資料で良いと思ったのは、アジャイル開発でやればいいんだ、みたいな一本調子ではなく、バランスが取れている所。
たとえば、「計画が得意=クリティカルパスの見極め」は、ガントチャートでも、バックログ管理でも、スプリント管理でも重要だ。
以前、どこかの本で、MSProjectでいちばん重要な機能はガントチャートではなく、PERT図だ、と喝破した記載があって、同意する。
優れたリーダーは、タスクにばらした時に、ネットワーク図をイメージして、どのパスが最短ルートなのか、を頭の中でイメージしている。
ソフトウェア開発が難しいのは、日々の状況によって、クリティカルパスがどんどん変化することだろう。
たとえPJ計画当初にガントチャートを作っても、初めての技術、コロコロ変わる要件、仕様への落とし込みで、クリティカルパスはコロコロ変わる。
つまり、ボトルネックは常に推移していく。
駄目なリーダーはガントチャート保守でボトルネックを見出そうとするが、その作業に追いつかずに破綻する。
【2】チームビルディングも重要な技術の一つ。
タックマンモデルとか色々あるけど、「トランザクティブ・メモリーを大切にしよう」という言葉は僕も同意する。
メンバーの役割分担をリーダーだけでなく、メンバー全員が知って、リレーのバトンを渡すように上手く回す。
そのためには、誰がどんな専門スキルを持ち、誰が暗黙知を持っているのか、を知っておけばいい。
「トランザクティブ・メモリー」は僕は以前は知らなかったので、もっと早く知っておけばよかったと思う。
「トランザクティブ・メモリー」という言葉は、「ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学」ではなく「世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア」を読んで僕は初めて知った。
【3】「世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア」では、トランザクティブ・メモリーの社会実験でこんな話がある。
交際期間が3ヶ月以上の大学生のカップル60組を集めた。
そのカップルの半数はそのまま、残りはランダムな組み合わせのカップルにする。
そして、それぞれのカップルに、記憶力ゲームを試してもらう。
具体的には、科学、歴史、食べ物、テレビ番組などのカテゴリの文章を、カップルは自分の判断で選択して記憶し、どれだけ正確に記憶できていたかを試す。
カップルごとの合計点で評価する。
つまり、記憶作業は1人で行うが、パフォーマンスの優劣はカップルの合計で決まる。
この実験のポイントは、カテゴリ選択時にカップルが相談できないこと。
つまり、カップルはお互いに相手がどんなジャンルを覚えているのか、知らない。
さらに、交際していたカップルと赤の他人同士のカップルをさらに半分に分けて、もう一方には、男性は歴史、食べ物、テレビ番組、女性は残りのカテゴリと指定しておく。
つまり、
①交際しているカップルでジャンル指定のないカップル、
②他人同士でジャンル指定のなかったカップル、
③交際していて男女それぞれが覚えるべきジャンルを指定されたカップル、
④他人同士で男女それぞれが覚えるべジャンルを指定されたカップル、
の4つでランダム化比較試験を行うわけだ。
その結果はどうなるか?
①のカップルの方が②のカップルよりも結果が良くなった。
交際していたカップルの方が記憶力がいい、というのは常識の範疇。
なぜなら、交際していたカップルは、彼と彼女の強みの部分をお互いに知っているので、強みを発揮できるジャンルをお互いに選べばいいから。
しかし興味深いのは、③のカップルよりも④のカップルの方が結果が良かった。
つまり、あらかじめ記憶するジャンルを指定されてしまうと、交際していたカップルよりも、赤の他人同士のカップルの方が記憶力が良かったのだ。
この実験が意味していることは、「ある程度の交際期間を経たカップルは、お互いにどんな強みや弱みを持っているのか、というトランザクティブ・メモリーを自然に持つようになる」ということだ。
たとえば、彼が映画に強いけど彼女は弱い場合、彼女は彼に聞けばいい。
一方、彼女は美味しいレストランはよく知っているが、彼は知らない場合、彼女に聞けばいい。
つまり、Who knows What、誰が何を知っているのか、誰が組織内で特定分野の専門知識や経験を持っているのかを知っていること、というトランザクティブ・メモリーの重要性を示す。
他方、カップルとして自然に形成されたトランザクティブ・メモリーを新しい枠組みで無理に歪めると、非効率を生み出し、カップルの記憶力は著しく落ちてしまう。
むしろ、赤の他人同士のカップルの方が、ジャンル指定だけに基づいて記憶するので、トランザクティブ・メモリーを歪められてしまった交際カップルよりも、はるかに効率的に記憶できたわけだ。
この実験の話を読んで連想したのは、暗黙知を重視する、トランザクティブ・メモリー型の組織文化を故意に歪めた事例は割と多いのではないか、と思った。
たとえば、自社でソフトウェア開発しないユーザ企業やSIでは、大量の派遣プログラマを案件ごとに短期間に総動員してはリリース後に切り捨ている。
すると、案件のプロマネは、トランザクティブ・メモリーに依存しない、属人性のないPJ管理、属人性のない技術で管理したくなる。
そのやり方は、メーカーの単一製品の大量生産方式のように、単純労働者が多い場合には、トランザクティブ・メモリーを重視しなくても、効率的なオペレーション管理を重視すれば成功しただろう。
しかし、ソフトウェア開発のように、暗黙知があまりにも多いビジネスでは成り立たない。
むしろ、苦労して開発してリリースにこぎつけた時、数多くの暗黙知は派遣プログラマに残っているが、彼らが解き放たれたら、そのチームに得られた暗黙知は雲散霧消してしまう。
たとえば、M&Aで買収した企業の社員を、買収元の経営者が勝手に異動させてバラバラにさせてしまうと、せっかく買収先の企業の社員の中であったトランザクティブ・メモリーが破壊されて、M&Aの相乗効果が得られなかった、とか。
うまい例が思いつかないが、トランザクティブ・メモリーを有効活用していない組織や企業は、日本に割と多い気もする。
なお、「世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア」も「ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学」の本もお勧め。
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