AIが思考を代行する時代に人間が「知識を繋ぐ」固有の価値とは何なのか?
AIが知識ネットワークの構築すら代行する時代、人間が自ら思考する意義はあるのか。
AI時代の思考と知識ネットワークとは何なのか?
Obsidianによる暗黙知の可視化とAI連携の現在地を踏まえ、概念同士を自らの手で繋ぎ、世界観を深めていく「人間固有の思考行為」の本質と価値に迫る。
【参考】
Obsidian - Sharpen your thinking
【1】Obsidianは単なるmarkdownエディタ、アウトラインプロセッサと思っていたが、他人のObsidianを見ると、自分の思考の中身を見える化するツールだと思う。
Obsidianのネットワーク図は、自分の頭にある概念モデルを見える化したものだと思う。
Obsidianのネットワーク図とは自分の思考行為そのものだ。
たくさんの言葉、概念がバラバラにあったとしても、それを理解するために、自分の頭の中でそれらを関係づけることで理解を促進する。
概念そのものよりも、概念同士をつなぐ関連線、概念同士の関係が重要だ。
ネットワーク化が思考そのものだ。
僕は概念同士を関連付けるネットワーク化は、ビジュアル化、図示化と思う。
きちんと絵や図にできないが、空想できるもの。
目に見える形にしようとすると、雲のように消えてしまうが、それでも図示できるもの。
Obsidianのネットワーク図は、氷山モデルのうち海面下の隠れた暗黙知に相当すると考える。
氷山モデルのうち、目に見える氷山は、バラバラの概念。
それらの概念は関連付けられていないので、単なる石ころに過ぎない。
しかし、海面下では、それら概念は関連付けられて、思考の本棚に概念が整理されて片付けられて、いつでも取り出せるような形になっている。
Obsidianのネットワーク図は、SECIモデルでは、暗黙知から形式知へ変換するプロセスに相当すると考える。
バラバラの概念、暗黙的に隠された概念は、ネットワーク構造から、別の概念を想起させる。
それこそが、蒸留された知識、概念。
一つの概念で、全ての現象、事象を説明できる。
一つの概念から、芋づる式にすべての知識にアクセスできる。
そんなイメージを持つ。
たとえば、製造業における技能継承ならば、ベテラン技術者が持つ暗黙知に相当するだろう。
この工程では実は、温度は何度くらい、どんな明るさや色なのか、どんな感覚なのか、どんな音なのか、をベテランは直感的に知っている。
しかしそれらは言葉にされず、彼の経験の奥底に隠されている。
その暗黙知を具体化して言葉に出し、その言葉を関連付けることで、一つの概念を形式知に変換させる。
【2】では、AI時代ではObsidianはどのように使われているのか?
ある人の使い方が参考になった。
彼は、Obsidian上でメモやログをmarkdownでとにかく書いて保存する。
そのmarkdownファイルには、Open Knowrageフォーマットというタグを付ける。
このタグ付けにAIを使い、AIでタグ付けを自動化する。
すると、このタグに基づいて、Obsidianが概念を紐づけてネットワーク図を作り出す。
つまり、AI時代では、ObsidianとAIはとても相性がいい。
学習データを人間が作り出し、それを元にAIがタグ付けして、Obsidianというツールが概念同士の関係をネットワーク構造に自動化する。
それにより、概念の多次元ベクトル空間が自動生成される。
これこそが、オントロジーに相当するものだろう。
ドメイン駆動設計なら、ドメインモデルそのものになるだろう。
従来はオントロジーやドメインモデルは人力で作るしかなかった。
よって、そのモデルは陳腐化しやすかった。
しかし、AI時代では、AIが自動更新してくれるので、とても重要な資産になる。
【3】AIがObsidianのネットワーク図を自動生成するようになれば、人間の思考行為そのものもAIが代用するだろう。
AIは計算資源が豊富であれば、人間の思考よりもはるかに高速で強力だ。
人間の思考なんてあっという間にAIが追い越すだろう。
では、AI時代では、人間が思考する行為そのものに意味はあるのか?
全てAIで思考行為そのものも代行できるなら、人間の思考に存在意義はないのではないか?
この意見に反対する立場として、クロメルさんの記事が参考になる。
(引用開始)
大学で学ぶ目的って、この知識ネットワークを自分の中に作る事が一つあると思うんです。
知識を売る仕事は、いえ少なくとも僕のnoteの活動は、ここにまだ価値を生める余地があると思っています。
何か異なる分野や概念を探って「価値の高い」橋を見つけ架けるのです。
点と点を線で結ぶ価値は、AIに対して点自体の価値より比較的残るだろうと言う主張です。
(引用終了)
AIの方が概念の多次元ベクトル空間を作り出す能力がいくら高くても、人間が人力でネットワーク構造を作り出す行為そのものは意義がある、という主張だ。
僕も直感的に賛成する。
概念のネットワーク図を自分の頭の中に作り出す行為は、自分の世界観を深く、広くさせるもの。
その行為そのものは忘れたくない。


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