経営・法律・ビジネス

2020/06/17

相殺フィードバックを再考

システム思考で出てくる相殺フィードバックをメモ。

【参考1】
学習する組織 - ごろにゃ~の手帳(備忘録)-パーソナルMBA的な

(引用開始)
強く押せば押すほど、システムが強く押し返してくる
よかれと思って行った介入が、その介入の利点を相殺するような反応をシステムから引き出す現象である。
私たちは誰もが、相殺フィードバックに直面するのはどんな感じか知っている。
押せば押すほど、システムが強く押し返してくる――つまり、物事を改善しようと努力すればするほど、 さらに多くの努力が必要に思えてくるのだ。
(引用終了)

【参考2】
組織は「苦労」や「一生懸命努力すること」を美化してはいけない。 | Books&Apps

(引用開始)
MITスローン経営大学院のピーター・M・センゲは著書「学習する組織」においてこの現象を「相殺フィードバック」と呼ぶ。
多くの企業が、自社製品が突然に市場での魅力を失い始めるとき、相殺フィードバックを経験する。企業はより積極的な売り込みを推し進める―それが今までいつもうまく言っていたやり方だ。宣伝費を増やし、価格を下げるのである。
こう言った方法によって、一時的には顧客が戻ってくるかもしれないが、同時に会社からお金が流れ出ていくので、会社はそれを補うために経費を切り詰め、サービスの質(例えば、納期の早さや検査の丁寧さ)が低下し始める。
長期的には、会社が熱心に売り込めば売り込むほど、より多くの顧客を失うことになるのだ。
(中略)
私が見た現象は、サービスの質を改善せず、全員を「テレアポ」と「飛び込み」などの労働集約的な仕事に邁進させる、というやり方だったが、上と全く結果は同じであった。顧客は流出し、人材は会社を辞め、競合にシェアを奪われたのだ。
(引用終了)

相殺フィードバック: プログラマの思索でも書いたが、IT業界は相殺フィードバックによる問題発生が多い。

たとえば、過去に直したバグ修正が、今の障害の発生原因になっている。
たとえば、以前下した判断や意思決定が、今回の問題の発生原因になっている。
その時は良かれと思ったことが、実は場当たり的な対応であって、より一層症状を悪化させた。

僕の経験上、相殺フィードバックという症状は、ソフトウェア開発で非常に発生しがちと思う。
従来のソフトウェア開発の現場では、元請けのPMと下請けのプログラマが混成チームを形成するが、彼らは顧客と切り離されているので、顧客からのフィードバックを得るタイミングが最初と最後のフェーズしかない。
だから、現在の意思決定がどんな影響を及ぼすのか、想像できない。

ソフトウェア開発は自己目的化しやすい: プログラマの思索

相殺フィードバック: プログラマの思索

僕は、相殺フィードバックをなくすには、システム思考に出てくる因果ループ図のような発想方法よりも、ランダム比較化実験を使って行動経済学の知見を導き出す手法の方が効果的ではないか、と直感している。
最初から、相殺フィードバックにはまらないような意思決定を下すのは難しい。
できれば、傷が浅い程度の失敗は許容できる時期に、2つの意思決定をランダム比較化実験で試して、人間の行動や集団行動がその後にどのような影響を与えるのか、を見極めた方がいいと思っている。

以前はそういう手法が使えなかったが、今はWebアプリはクラウド上で即座に作れるし、スマホ経由でランダム比較実験をしてみるのは易しい。
行動経済学の知見をソフトウェア開発やソフトウェア工学に活用するアイデアは試して見る価値があるように思える。


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2020/06/14

SaaSのビジネスモデルがアジャイル開発を促進したという仮説

「ソフトウェア・ファースト」を読んで、改めて、アジャイル開発はSaaSの開発プロセスを発展させたものとみなすのだと考えた。
ラフなメモ書き。

【参考】
ソフトウェア・ファーストの感想: プログラマの思索

【1】「ソフトウェア・ファースト」を読むと、製造業などの一般産業は、SaaSのようにどんどんサービス化すべきだ、という主張が背景にあるのが分かる。

では、SaaSというビジネスモデルの特徴や本質は何だろうか?

この問いに自分なりに考えてみたら、複数の特徴があるように思う。

【2】SaaSはScrumと相性が良い。
たとえば、パッケージ製品ビジネスや大量生産ビジネスでは、たくさん作って販売してそれで終わり。
一括請負契約で作って納品したら終わり。
顧客とメーカーは、クライアント-ベンダー-アンチパターンにはまりやすい。

「クライアント-ベンダーアンチパターン」という根本問題: プログラマの思索

一方、SaaSでは、常にサービスや機能を頻繁にVerUpしていく。
その頻度も1ヶ月に1回ではなく、1日に数十回もざらだ。
SaaSのインターフェイスは、ユーザがスマホやPCで触っているので、すぐにその機能を試してもらえるし、彼らの要望を即座に反映するほど、顧客満足も高まる。
そういうニーズがあるので、頻繁なリリースを実施する動機づけになる。

その場合、社内の開発体制はScrumに似せると開発しやすくなる。
マーケティング担当者や経営者がプロダクトオーナーの役割を担えば、社内に開発チームとスクラムマスターを作れば、即座にScrumが出来上がる。
SaaSの場合、プロダクトオーナーに相当する人が社内に存在し、その能力を持ち合わせている時も多いのがメリットだろう。
その後は、会社の規模やビジネスの規模に合わせて、Scrumをスケールすればいい。

【3】SaaSはDevOpsと相性が良い。
リリースしたら、その後も運用し続けるので、開発と運用保守は一体化すべき流れになる。

一方、普通のSIであれば、インフラチームと開発チームは分離されていて、機能別組織になりやすい。
機能別組織の弱点は、チームや組織ごとに体制の壁ができてしまい、意思疎通が困難になることだ。
コンウェイの法則「アーキテクチャは組織に従う」によって、システムのアーキテクチャは縦割りの複雑な組織構造を反映した形になってしまい、システムはどんどん複雑化してしまう。

もちろんSaaSも、ビジネスが発展すれば肥大化するだろう。
しかし、開発と運用保守は一体化した方がいいというビジネス要求や現場からの要求が出てきやすいので、DevOpsを推進する動機づけになる。

もちろん、技術的にも、SaaSはクラウドと相性が良い。
だから、クラウドエンジニアはインフラエンジニアだけでなく、開発者でもありうるので、事実上、インフラチームと開発チームは一体化しやすい。

また、ここからマイクロサービス・アーキテクチャも実装しやすい。
AWS上でSaaSを運用すれば、LambdaやAurora、AWSの各種サービスを利用することになるだろう。
単に性能改善やスケールメリットが活かせるだけでなく、システム基盤をマイクロサービスとして組み立て直すことにより、SaaSは汎用的なAPI基盤になっていくだろう。
そうすれば、外部サービスと連携できるので、より多種多様な機能を顧客に提供しやすくなるメリットも出てくる。

【4】SaaSはB2Cのプラットフォームビジネスと言える。

アメリカのGoogle、Amazon、Apple、Facebookがそうだし、中国のBATも同様だ。
多数の顧客に対し、プラットフォームを提供することで利便性がどんどん増していく。
そのビジネスの本質は、製造業が持つ規模の経済ではなく、ソフトウェア特有のネットワークの経済という理論が背景にあるはず。
たくさんのユーザが使ってくれるほど、SaaSは重要性を増して、売上を指数関数的増大させていく。
「プラットフォーム革命――経済を支配するビジネスモデルはどう機能し、どう作られるのか」を読むと、プラットフォームのビジネスモデルは独占ビジネスなので、その売上は、そのサービスの市場規模と同等になるまで高められる。
つまり、市場規模と同等だから、小さい国家のGDPよりもはるかに大きな利益を得ることも可能。

SaaSはB2Cのビジネスなので、顧客のフィードバックをすぐに取り込みやすい。
ランダム実験やABテストも実現しやすいので、サービスやビジネスモデルを仮説検証しやすい。
つまり、SaaSでは、念入りに考え抜いた計画を作って数年かけてリリースするよりも、仮設を立てたら、複数のサービスを同時リリースして、ランダム比較化実験でその効果を測定した方が速い。

興味深いのは、米国や中国では、SaaSのトッププレーヤーはB2Cなのに、日本の楽天やモノタロウなどはB2B2Cというスタイルで異なる点だ。
もちろん、LINEのように、日本国民の殆どとつながっていて、その連絡先とつぶやきのようなログデータを既に持っている会社はB2Cだ。
しかし、日本で目立つSaaSプレーヤーはB2Bのクッションを通過した後でB2Cを提供するビジネスモデルが多いように思える。
その理由は分からないので、いつか知りたい。

プラットフォーム革命の感想~プラットフォーム企業は新たな独占企業である: プログラマの思索

規模の経済と経験曲線効果のメモ: プログラマの思索

【5】SaaSでは、大量のログデータがビジネスの副産物として採取される。
データはいくらでもある。
そこから、機械学習やディープニューラルネットワークに大量データを食わせることで、優れたAIエンジンを生み出すことも可能だ。
B2Cのプラットフォームビジネスでは、ユーザの個人情報は特定できるし、その購買行動はプラットフォーム上で全て追跡できる。
よって、ペルソナを仮想的に作って、より購買を促すようなプロモーションを打ち出して、潜在ニーズを掘り起こせる。

「告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル」によれば、Facebookで、個人に68個のいいねがあれば、その人物に関する非常に具体的な情報をモデルから予測できる。
70個のいいねで、そのユーザの友人が知るよりも、その人の多くの個人情報がモデルから推測される。
150個のいいねで、親よりも、その人の多くの個人情報がモデルから推測される。
300個のいいねで、パートナーよりも、その人の多くの個人情報がモデルから推測される。
さらにその多くのいいねを見れば、ユーザが自分自身について知っていると思っている以上の個人情報がモデルから推測される。
つまり、個人の大量のログデータを収集できれば、その個人を丸裸にできる。
その個人情報を他人が知っている情報だけでなく、その個人自身が知らない潜在ニーズまで推測できるわけだ。
すなわち、ジョハリの窓という理論は、AIを使えばほぼ完全に実現できる可能性があると思う。

(それを悪用したのが、ケンブリッジ・アナリティカであり、彼らは、どの個人にどんなプロモーションを送ればどんな選挙行動に移してくれるか、を徹底的に研究して、トランプ効果や英国のEC離脱を生み出したわけだが。)

そんなことを考えると、SaaSは機械学習やニューラルネットワークと非常に相性がいい。
だから、テスラみたいに製造業もどんどんSaaSにシフトしているのだろうと思う。

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2020/05/28

ツールを使いこなせる事の重要性が増している

直近2ヶ月のコロ助を経験して、ツールを使いこなせる事の重要性が増している事を感じた。
ラフなメモ。

たとえば、学校の理科の先生がタブレットを使って花壇の花を撮影しようとしたが、写真の撮り方が分からなかった、というニュースが流れていた。
たとえば、塾なども、ほとんどがオンライン授業になっている。

たとえば、スーパーもレジはナイロン幕を張るだけでなく、店員は、客が渡すお金すら、できるだけ触らずにトレイからレジマシンに放り込んでそのまま渡したり、会員カードもバーコードを読み取るだけで手に触れないようにしている。
できるだけキャッシュレスにしようとしている。
たとえば、再開した図書館も、職員は図書館カードをトレイで受け渡しするだけでなく、手袋までしてる。

たとえば、銀行のATMに行って、現金を出して財布に入れることすら、コロナ感染のリスクがある。
銀行振込や引き出しは、オンラインバンキングサービスやモバイルサービスでやるのを銀行自身が推奨している。

たとえば、ほとんどの飲食店や居酒屋は、玄関に「テイクアウト始めました」の看板を出している。
宣言解除前まで、客は居酒屋に入れなかった。

たとえば、IT勉強会やコミュニティ活動は、すべてオンライン配信となり、Zoomで講演を流したり、お互いに議論するのが普通になった。
もちろん、仕事はテレワークとなり、出勤せずに自宅で仕事して、GoogleサービスやSlack、Zoomを使うのが普通になった。

そんな風景が突然現れた。
すると、オンラインでやり取りできるツールに慣れていないと、仕事はおろか、生活することすら不便になった。

スーパーなどの日常の買い物は基本はPayPayやクレジットカード支払い。
飲食店のテイクアウトはスマホで予約して、UberEatで配達してもらう。

勉強会やコミュニティでは、Zoomでやり取りするので、もちろんフレッツ光などの高速な回線がないとやってられない。
仕事もオンラインでやり取りするので、会社ノートPCのセキュリティ担保はもちろん、SSL-VPNを張った時に会社のオンプレサーバーに負荷がかかっても困る。
自宅では、自分も仕事するし、子供もオンライン授業を受けていれば、フレッツ光でも通信速度は落ちてしまい、正直仕事しづらい時もある。
もちろん、子供はPCの操作が分かっている必要があるし、オンライン授業を見ながら自分の理解を深めていくように、自分の学習方法も変えていかないといけない。
先生もタブレットが使えるのは当然出し、自分の授業をオンラインで配信できるように、授業を組み立てて、Zoomも使いこなせる必要がある。

そんな状況を踏まえると、Zoomのようなビデオ会議ツールを使いこなせるだけでなく、キャッシュレスで生活できるようにネットバンキングやPayPayやクレジットカードを使いこなせること、もっと根本的に、スマホでテイクアウトの宅配サービスを受け取れるように使いこなすことが必要とされてきている。

けれど、そういう状況に皆が馴染めたのか、と言われるとそうでもないと思う。
80歳の親を見れば、未だに銀行ATMから現金を引き出し、スーパーでは現金払いだし、スマホをあげても使いこなせない。
何せ老眼なのでスマホは小さくて見にくい。
世の中の情報はテレビや新聞だけから収集している。
スマホからWebを見たり、Youtubeで好きな動画を見たり、SNSから最新の情報を収集することはしていない。
そういう生き方もあるだろうし、今の時代は弱者でも生活できるようになっているので問題はないのだろう。

さすがに年をとって80歳を過ぎれば、過去の人生経験がありすぎて、今までの経験を捨てて新しいツールを使って、新しい環境に馴染むのは辛いかも知れない。
でも、より主体的に生きていくには、新しいツールを使いこなせなければ、欲しいサービスが得られないし、欲しい情報も取得できないし、色んな人達と出会いを求めることができない。

コロ助の影響のため、80歳の親が楽しみにしていたコーラス教室や漢詩教室は無期限延期となり、お隣さんとのやり取りも劇的に減った。
実際に会って話ができる人達は、自宅にいる家族だけ。
たぶん寂しいと思う。

僕も2ヶ月以上、都心部に出てないからリアルに対面で会った知人はいない。
でも、ほぼ毎日、SNSやZoomなどでやり取りしているから、人間関係が劇的に減ったという感覚はない。
人間関係がオフラインからオンラインに変わっただけ、みたいなイメージがある。

そんな経験をふりかえると、新しい環境では、新しいツールを使いこなすことで、以前と同じサービスやコミュニケーションを維持できるんだな、と改めて感じた。
最初は抵抗感もあったけれど、それは生きていくために必要なのだ、と。

「強い者が生き残るのではなく、環境に素早く適応した者が生き残る」という言葉を、今ほど体で経験したことはなかったと思う。

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2020/05/05

After Covid (With Covid)の世界や付き合い方

After Covid (With Covid)の世界や付き合い方について、papandaさんの記事がとても秀逸なのでメモ。
自分が考えていることをラフなメモ書き。

【参考1】
ウィズコロナにおける事業の再定義 (逆ゴールデン・サークル)|papanda|note

(引用開始)
4月が終わろうとしている。コロナを意識する状況が2月から数えると3ヶ月に経過することになる。緊急事態宣言を予定どおり終えるという可能性は低そうだ。こうした状況でも、引き続き事業作りやデジタルトランスフォーメーション事案の支援をしている。

 この状況が始まった当初は「いつ元に戻るか」「戻ったときに備えて何をしておくべきか」という前提を置いて支援にあたっていたが、ここに来て自分が使う言葉が変わっていることに気がついた。「これまでから、どう変えますか」

 仮に宣言を5月末で終えられたとしても、今後第2波、第3波に備える適応が求められるだろう。そこまで続いていくことを考えると、人の生活スタイルは変わらざるを得ないはずだ。生活の行動や思考の変化は、価値観の変容へと繋がる。私達は「戻る場所を失って、次に向かう場所を得る」過程にあるのかもしれない。
(引用終了)

(引用開始)
得てして、自己認識している「対面コミュニケーションこそ、これまで培ってきた強み」(実際に間違っていない)が、次の適応を阻む現状維持の重力になりやすい。ぼんやりと現状に対応し続けていると、手遅れになりかねない。意識的な再定義(redesign)が必要だ。

 なお、この問いの組み立ては、以下の構造をなぞっている。

何をしている?(What) → どのようにする? (How) →意味は何? (Why)
 いつものゴールデン・サークルとは真逆だ。差し迫るような非常時には、適応行動の方が早い(そうしなければ日常が崩壊する)。ただ、急場しのぎの手段になっていることが多いため、そのままの延長ではなく、その適応行動をより効率的に、より効果的にするためには根本的に何が必要なのかを捉え直す。その上で、その行為は何なのか意味づけを行う。
(引用終了)

【参考2】
discordが再定義する「ともに居る場所」|papanda|note

(引用開始)
箱の意味を再定義する
 箱(ワークスペース)は、組織や部署、チーム、プロジェクトなどという単位で作られることが多いだろう。箱は現実世界の組織の写像となる。ゆえに、現実世界の組織にある、内外を分け隔てる強力な境界線がそのまま引き継がれることになる。用もないのに、むやみに人を招き入れることが無いということだ。

 それはdiscordで箱(サーバ)を作ったときは同じだ。ただし、人と人との関係性は、フレンドという箱に依らない方法で形作ることができるため、フレンドを眺めていて、ある人とある人を含めて新たな目的で箱を作るということが簡単にできる。箱(ワークスペース)単位で世界が分断されているslackと違って、discordは新たな場所を作る行為がその枠組み中にビルドインされている。

 これは画期的なことだと思った。
(引用終了)

【参考3】
discordで、同じフロアにいて「ちょっといい?」と話しかけるあの感覚を思い出した。|papanda|note

(引用開始)
いよいよリモートワークが増えてきた。年季の入った組織でも、なし崩し的に(備えなく)、全員フルリモートへ突入、という潮目になってきている。現場、組織運営としてはここから正念場に入っていくことになるだろう。
(引用終了)

今年初めの時点で、リモートワークやオンライン勉強会が普通になるなんて誰も想像してなかったはず。
でも、緊急事態宣言が発令されて1ヶ月以上たった今、皆薄々分かってきたことは、今の変化は不可逆的なことだ。
おそらく、コロナウイルス流行は今後数回発生するかもしれない。
そうなれば、数年は今のような状況が続く。

今は、After Covid (With Covid)について、誰もあるべき世界は知らない。
Twitter、Facebookによるオンラインのつながり、Youtubeなどの情報発信などでグローバルにやり取りできる世界なのに、外出するのはせいぜい、スーパーへの買い物ぐらいで、それ以上遠くに行くことすらできない。
飛行機はもちろん、電車に乗ることさえ憚られる。
オンラインの世界は広いのに、今の時点では、人と対面で会う現実世界の範囲はせいぜい3キロ圏内しかないのだ。
このギャップにたぶん、誰もまだ付いていけてない。

そういう状況を想像して対処するには、リモートワークやそれに付随した仕事環境、生活環境を準備すべきだし、そういう方法に慣れていくべき。

papandaさんの記事で興味深い点はいくつかある。
一つは、Why→What→Howという今までのトップダウン的な考え方ではなく、How→What→Whyというボトムアップ型のアプローチで思考せざるを得ないこと。
実際、誰もあるべき世界を知らないのだから、実際に行動して、それから考えを深めていくしかない。
もう一つは、SlackやZoomよりもDiscordを推していること。
Slackでは逐一、チャットしたい相手を招待する手間がある。
Zoomでも対面で話したい人を招待する手間がある。
しかし、discordには、組織やロールのような概念があるので、招待するというよりも、何らかのグループでまとめて、話をするチャネルを作るだけ、という。
この点は、なるほど、と参考になる。

仕事も生活もオンライン環境になった時、どんな価値観や行動様式が求められるのか?

1ヶ月間のリモートワークやオンライン勉強会を経験して分かったことは、そんなに寂しいという感情はなく、誰かとつながっている感覚を保ち続けることができた。
以前にオフラインで仕事や勉強会で気心の知れている人とは、コロナ事件後でも、オンラインの世界でも何事もなくスムーズにやり取りできる。
この人の発言にはこんな気持ちがあるのかな、とか想像できる。

ゴールデンウイークも全く外出できなかったが、1日でオンライン勉強会をZoomで3回ハシゴした時もあった。
Zoomで話しかけたり、自分の意見を述べたり、チャットで反応したりすることで、全く違和感もなかった。
以前なら、1日の間で、全く異なるコミュニティを3つもハシゴすることはできなかったはず。
でも、オンラインの世界ならば、東京であっても大阪であっても関係ないから、どこでも人につながることができる。
そういう意味では、少しずつこの環境に自分を慣れようとしている。

一方、初めての人との人間関係の構築やチームビルディングは苦労している。
たまたま緊急事態宣言の前に対面で会うことができた人とは、その後のオンラインのやり取りはスムーズにできる。
しかし、初対面の人やチームには、相手がどんな性格や人物像なのか分からないので、どんな言葉をかけたら良いのか、どう進めていけば良いのか、まだ分からない。
手探りでやっている。

今後の課題は、オンラインの世界で初対面の人との関係構築や、オンラインでのチームビルディング技術がある、と感じている。
その課題の解決方法は、今はほとんどの人が知らない。
その課題を解決した後のあるべき世界を知る人はほとんどいない。
だからこそ、試行錯誤することに意義がある。


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2020/04/24

教育における読み書きというアナログの重要性の記事のリンク

教育における読み書きというアナログの重要性の記事をリンク。
オンライン教育に関する主張のないラフなメモ書き。

【参考】
「ノートが取れない」中学生。日本の子どもたちの読解力はなぜ落ちたのか。新井紀子さんインタビュー | Business Insider Japan

読解力不足をどうとらえるか~新井紀子さんの答えをまとめる~: 風にふかれて

一人に一台、タブレットPCを配りますか?(その2) | ICT for Development .JP

オンライン授業でもアナログ感あるデザインで「考えること」を促す|Yoshikazu TATENO | たってー|note

【1】2020年4月時点では、日本の小中高学校はほとんどが休校状態なので、ほとんどの子供は勉強すらしていないだろう。
自ら目標を立てて、自ら題材を探して知識やスキルを身に着けていく、という作業は、大人でも難しいのだから、ましてや普通の子供ができるようには思えない。
そもそも、それができる子供であれば、学校という仕組みがなくても、自立していけるだろう。
とはいえ、昨今ではそういう能力が早い段階から期待されているけれど。

しかも、学校だけでなく対面の学習塾も閉まっているので、オフラインで先生から教えを請うこともできない。
公立図書館、大規模書店も閉まっているので、紙の書籍すら手に入らない。
結局、オンライン教育に頼るしかないけれど、色んな理由でおそらく日本の環境では敷居が高いのだろうと思う。
PCやWifi環境というIT基盤だけでなく、子供の適正に見合った教育方法とか、色々試行錯誤する問題があるだろうと推測する。

響いた言葉を引用しておく。

【2】「読む」「書く」はプログラミング同様に不自然な行為
(引用開始)
4 新井さんの著書を読むと、むしろ読解力を上げるには、板書をするなど「書く」行為をさせること、つまり「昭和的」な教育の方が効果が上がった実例が書かれています。ICT教育を進めて、読解力が上がるとは思えないのですが、どうでしょうか?

①「書く」行為は、そもそも人間にとって不自然な動作であると認識してほしい。「読む」「書く」はプログラミング同様に不自然な行為ですから、その時代と環境と要請に従って、カリキュラムを構築して確実に身に付けなければならない。
②けれども、私たち大人は、自分が子供だった時代に、読み書きを「自然に」身に付けた思い込んでいます。ですから、自分たちの子供の世代も、放っておけば、「それくらい」はできるだろうと信じています。でも、自転車もただ乗れるようになるわけではないのと同じように、字を書くというのは相当に集中力とトレーニングが必要なのです。
(引用終了)

「「読む」「書く」はプログラミング同様に不自然な行為」という指摘は同意する。
学習や勉強は割とアナログ作業が多い、という気はしていたから。
だから、アナログ作業であるがゆえに、それに適した訓練は必要だろう。

ただし、学習は割とアナログ作業が多いという現状は2つの側面があると考える。
学習という作業は、読む・聞く・書く・話す、など五感を使った動作が多いので、身体で覚えるべき部分が多いという点。
一方、日本では高校入試や大学入試がペーパーテストなので、問題を読んで答案に書く、という試験そのものに対応した技術が必要である、という点。

読む・聞く・書く・話すを使った学習を訓練する時、前者と後者のどちらに比重をおく方が効果的なのか、という疑問はある。
個人的には、後者のペーパーテストの為の訓練は不要と思うが、結果的にそれに適合しすぎた人達を生んでいる事象も多いのだろう。

また、プログラミングも不自然な行為、という指摘は同様に思う。
新しいプログラミング言語を覚えて習得していく時、今までとは違った頭の使い方を要求させられる。
AWSやアジャイル開発など新しい技術を習得していく時も同様。

周囲を見ていても、プログラミングの習得が早い人とそうでない人には、雲泥の差があると実感する。
「プログラミングのできる羊とできない山羊を区別する方法」の記事のリンク: プログラマの思索の通り、プログラミング能力は、読み書き以上に、その人の向き不向きが現れやすいのかな、と思う。
プログラマの能力や生産性は10~100倍以上の差が出る、という点は、そういう所に原因があるのかもしれない。

【3】タブレット教育、アクティブ・ラーニングは高度な能力を必要とする

(引用開始)
6 一人一台タブレット政策。小学校からのタブレット導入については、どうでしょうか。

①これは、もう終わりだな、と。特に小学生は絶対タブレットは良くないと私は確信しています。
②先進的に導入した私立学校や家庭で既に弊害が出ています。小学校からタブレットドリルで学ぶと、紙や長文にはもう戻れないのです。意外なことですけど、検索すら自分ではできない生徒が出てくる。学びが常に“消費的”になるのでしょう。けれども、大学や社会で求められる学びは“生産的”な学びなので、タブレットドリルで育った子は立ち直れないほど挫折してしまう。
③タブレット導入で今まで7時間かかっていた授業が2時間で終わり、残りは深く考える授業に当てるというような授業は、麹町中学校のようなある意味「特殊な環境」の学校だけでできることだと思います。それが本当に地方でもできるのかも検証せずに、タブレットという言葉が一人歩きしています。
④しかもローマ字入力ができるのは、小学校5,6年生なので、それまでキーボードは使えません。その間、一体何をやるのでしょう。
(引用終了)

(引用開始)
②日本の公教育以外で格差をなくす平和的な方法はないと思っています。
ちなみに、アクティブ・ラーニングは格差を広げてしまいます。それは戦後最初のアメリカ主導の学習指導要領である、ディーイ式の「生活単元学習」の失敗で明らかになっています。
③小学生のうちは比較的ワイワイやっていますが、中学生になると、出来る子が言ったことに他の子は追随します。だから、授業を全てディスカッションでやることは、現場を見ていない人の寝言に過ぎない。
(引用終了)

昨今流行しているタブレット教育、アクティブ・ラーニング教育を批判する理由が参考になる。
著者の方はおそらく、現場経験が豊富で、数多くの失敗事例も見ているのだろう。

現状では感染症の流行が終わらない限り、オフライン教育は無理でオンライン教育にシフトせざるを得ないだろう。
しかし、そういう指摘の元で、今後のオンライン教育を考えると、子供の成熟度に見合ったオンライン教育の方法を見つけないと、教育を受けられなかった世代や就職できなかった世代を大量に生み出してしまう事になる。
今後、試行錯誤しながらオンライン教育の可能性を探っているしかないのだろう。

残念なことに、日本では、教育現場が最もIT技術が遅れた場所であり、知識だけでなく環境も揃っていないので、数多くのハードルが高いのかもしれない。

【3】オンライン教育の手法は、実は、以前からMOOCなど反転教育の概念で知られていた。
具体的には、自宅でオンラインで講義を受けた後、学校で対面で先生に質疑応答して疑問点を解決していく、というやり方。

サルマン・カーン「ビデオによる教育の再発明」 - YouTube

『世界はひとつの教室』技術、教育、そして世界は動く - HONZ

教育学は人工知能の研究者によるデータ主導で置き換えられつつある: プログラマの思索

知的誠実さの大切さ~Moodleが持つ教育のイノベーションの可能性: プログラマの思索

サルマン・カーンのYoutubeの説明を見た時に、講義の動画配信、子どもたちのテスト結果の採点・集計・分析・フィードバック・理解度確認などのシステム基盤などITを駆使しながらも、「技術を使って、本来の教育をヒューマナイズする(humaizeする)」という彼の言葉がすごく引っかかった。
IT技術を使うことで人的関係を効率化させて、人的介入を減らすのではなく、逆に、コミュニケーションや対面のやり取りの密度や濃度を上げていくのだ、という意見が半常識的に感じたからだ。

おそらく、こういう取り組みも現場で試行錯誤しながら、時間をかけてあるべき姿を探っていくしかないのだろう。

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2020/04/12

行動経済学の面白さを紹介する記事のリンク

行動経済学の記事を読んで、チームビルディングやプロジェクト運営に行動経済学の知見を活用できると面白いだろうな、と思った。
ラフなメモ書き。

【参考】
わずか15年で3件ものノーベル賞を出した「行動経済学」の知見が、仕事の役に立ちすぎる件。 | 識学式リータ゛ーシッフ゜塾

マーケティング活動に活かせる行動経済学の基礎知識5選 | PINTO!

統計学の考え方に関する感想: プログラマの思索

IT企業が経済学者を雇い始めた理由が面白い: プログラマの思索

データ分析の課題はどこにあるのか: プログラマの思索

データ分析の面白さはどこにあるのか: プログラマの思索

【1】上記の記事には下記の例がある。

1.上司への悪い報告は、良い報告とセットで。かつ悪い話は先にせよ。

「終わり良ければ全て良し」のような経験則が人には染み込んでいるので、その先入観を活かす。

2.人材育成は「褒めても叱っても同じ」

(引用開始)
実際は、単に結果がランダムであり、「極端に悪かったら、次回はすこしマシになる」「極端によかったら、次は当然悪くなる」という現象が起きていただけだ。
(引用終了)

そう簡単に人材育成はできない。

3.昇給はできるだけ小刻みに。できる社員にはカネでなく「地位」を。

(引用開始)
具体的に言えば、年収400万円の人が、年収600万円となったとしても、それはたった4年で「慣れて」しまう。
要は「思い切って給料を上げて、従業員を幸福にする」のはコストパフォーマンスが悪い。
(引用終了)

社員への報いは、お金よりも地位を与えた方がコスト面で良い、ということか。

4.成功企業を検証して法則を導こうとする行為は無意味

過去の成功事例は、「ハロー効果と後知恵バイアス」を起こしやすい。

(引用開始)
これは、人間は「うまくいっている企業には、必ずなにか合理的な理由があるはずだ」と思い込んでしまうためによる。
だが実際、データが証明しているのはそれと真逆の結果だ。
分析から導き出した法則の多くは普遍性、再現性がない。「その時」「たまたま」うまく行ったことがほとんどなのだ。
(引用終了)

5.「わかりやすい」だけで、「知的だ」「信頼できる」と認識される

(引用開始)
これは人間の脳が「認知に関しての負荷が低いほど、好ましいと感じる傾向」を有しているいことに由来する。
(引用終了)

プレゼンではこのテクニックをうまく活用すべき。

【2】心理学の知見を使って、人間の言動が人事制度やチーム運営、経営などにどのような影響を与えるのか、を研究して、その経験則を生み出すのは面白い。
こういう行動経済学の学問は、昨今は、従来からの統計学の理論とコンピューティングパワーの強化によってすごく研究しやすくなったのだろうと思う。

【3】個人的には、チームビルディングやプロジェクト運営に行動経済学の知見を活用できないか、と思う。
プロジェクトリーダーがどのような言葉遣いや行動を行えば、チームをまとめて、プロジェクト運営をスムーズに行えるのか?
プロジェクトリーダーはどのような言動を行えば、リーダーシップをより一層発揮できるのか?

ソフトウェア行動経済学のようなものがあっても面白いだろうと思う。

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2020/04/09

ソフトウェア・ファーストの感想

「ソフトウェア・ファースト」を読んだので、感想をラフなメモ書き。
非常に良い本だったので、自分の気づきをメモしておく。

【参考】
ソフトウェアファーストを読んで開発組織と外部委託について考えた | masaytan's blog

『ソフトウェア・ファースト』読書メモ その1 - Qiita

ノンプログラマーの機械屋が読んだ「ソフトウェア・ファースト」

【1】「ソフトウェア・ファースト」は良い本だ。
「ソフトウェア・ファースト」のターゲットは、特にメーカーの経営陣、中間管理職の人達だと思う。
そういう言葉は書かれていないが、トヨタの話やメーカーの生産管理とソフトウェア開発の比較、などの話が多いので、メーカーの人にはとても響くだろう。
特に、メーカーにいて、ITに詳しくないが、ITが経営に直結している立場の人達、つまりメーカーで経営上の意思決定をする人達が読むべき本だ。
どのメーカーも、トヨタが生み出したJIT生産、なぜなぜ分析、自働化など数多くの概念を自社に取り入れようと努力してきたから、あのトヨタも変わっているのか、と気づくだろう。

【2】IT技術者として「ソフトウェア・ファースト」を読んで興味を惹いた部分はいくつかある。

【3】メーカーがソフトウェア開発を内製化していない点を痛烈に批判している。
メーカーの生産管理では、自社の工場で生産計画・生産統制をできるだけ内製化し、その品質管理だけでなく、外部取引先から調達する部品の品質管理も徹底的に行なっている。
「手の内化」というトヨタの言葉はその通り。

たとえば、日本の元請け企業は自社の技術社員を、下請け企業に派遣して、調達する部品の品質管理や進捗管理を行うだけでなく、わざわざ下請け企業の社員に技術指導まで行っている場合が多い。
つまり、日本のメーカーは、自社の工場だけでなく、自社の製品に関わる下請け企業までを生産管理の対象とみなし、一連のサプライチェーンを品質管理することで、品質向上を図ってきた。
だから、日本の製造業が生み出す製品の品質はとても高い。

一方、メーカーのソフトウェア開発では、自社でソフトウェア開発は内製化しないだけでなく、外部からの委託・調達したソフトウェア製品やソフトウェア成果物の品質管理すらも全くできていない。
つまり、メーカーは製造プロセスのサプライチェーンまで自分でコントロールしているのに、なぜ、ソフトウェア開発ではまともな品質管理すらせず、コントロールしないのか、と。
IT技術は知らないから、というのは言い訳に過ぎない、と痛烈に批判している。

たとえば、「ソフトウェア・ファースト」の一節に、トヨタの豊田章一郎社長が社長に就任した時に、企画開発チームに実際に赴いてその知見を乞うたが、あのトヨタの社長でもそうならば、ITが経営上重要になっているならばソフトウェア開発の現場に経営陣も自ら赴くべきではないか、と。
3現主義と言いながら、ソフトウェア開発の現場は見ていないでしょ、と。

【4】SaaSはソフトウェアの特徴をうまく活用している、という主張は本当に興味深い。
SaaSの最大の特徴は、ユーザの生の声をフィードバックで収集できる点だ。

自動車であれ大半のメーカーでは、工場や最新機械などの固定費が膨大な為、資本を減らすために、販売店などを切り離している。
よって、メーカーは販売した製品に関する消費者の生の声を集めるチャネルを持っていない弱点がある。
この弱点は、昨今のGoogle・Apple・Facebook・Amazonを見る通り、メーカーにとって致命的。
トヨタのようなガソリン自動車メーカーは直販プロセスを持っていない一方、後発の電気自動車メーカーであるテスラは、直販チャネルを持っている上に、さらに、自車の運行データをユーザから収集して自動運転に活用しようとさえしている。

Saasでは、ユーザの生の声はカスタマーサポートからシステムのアクセスログに至るまで、数多くのチャネルがあるので、それらを収集して分析することで、より良い製品へ改良するきっかけになるし、開発チームにとっても、製品改良のモチベーション向上にもつながる。

特に、GAFAは、ユーザのフィードバックの収集・分析・改良・リリースという一連のプロセス構築がうまいのだろう。
その一連のプロセスは、アジャイル開発そのものだ。
従来のメーカーが大事にしてきたPDCAサイクルとは本質的に違っていると思った方が良い。

僕自身が持つアジャイル開発の認識も古くなっていると思った。
僕は以前は、アジャイル開発の本質は小規模リリースだ、と思っていたが、今は1日数十回もリリースできるような高速な開発プロセスにまで洗練されている。
そのアジャイル開発の本質は、DevOpsだ。

DevOpsは単に、運用も開発もチームが一体化したもの、という認識だけではないと考える。
ソースを機能改善したら即反映できるリリースプロセスを整備したもの、と認識すべき。

以前のアジャイル開発のボトルネックは、リリース工程にあったと思う。
継続的インテグレーション、継続的デプロイなどがXPのプラクティスにも含まれていたが、それらが重要なプラクティスであった理由は、リリース工程がソフトウェア開発の最大のボトルネックだったからだ。

実際、今でもWF型開発でソフトウェアを開発していれば、製造工程よりもテスト工程とリリース工程で膨大な工数がかかっているはずだ。
多くのプロジェクトマネージャは、テスト工程でリリース工程で手を焼いているはずだ。
つまり、下流工程と呼ばれるテストやリリースの工程がソフトウェア開発のボトルネックであり、それを制御するのは難しい、という現実を示唆していたのだと思う。

しかし、今では、クラウド上でカナリアリリースやInfrastructure as Codeのように、本番環境やリリース作業を構成管理の配下でコントロールできるようになったおかげで、自信を持ってソースの機能改善ができるし、新機能に挑戦できる心理的メリットも生まれているはずだ。
つまり、システムの機能改善という、ソフトウェアの本質的な価値を具現化するものにより力を注げる開発プロセスを構築できるようになったわけだ。

【5】メーカーがソフトウェア開発を内製化した時の組織構造や組織文化の話も非常に興味深かった。

一読した限りでは、メーカーの組織文化とソフトウェア開発の組織文化は水と油なので、ソフトウェア開発は別の組織で分社したり、企画開発に特化したり、マトリクス型組織にする、などの示唆があったのは興味深い。
たぶん、著者自身も数多くの試行錯誤をされているのだろう、と思う。

メーカーではないが、サイボウズの組織構造の変化のコラムが興味深かった。
サイボウズも中小企業だった頃は、機能別組織であって、開発・運用基盤・企画営業など縦割りの機能に分かれていた。
しかし、SaaSを販売してユーザのフィードバックをSaaSに反映していくようになると、そういう縦割りの機能別組織では、社内のコミュニケーションが取れず、現場が混乱した。
そこで、製品別組織に立て直し、企画から開発・運用に至るまでのプロセスを一つの部門で担当できるようにしたら、上手く回るようになり、組織文化も良くなっていった、という。
つまり、機能別組織から事業部制に変化したわけだ。

この話を読んで、チャンドラーの「組織は戦略に従う」という文言を思い出させる。
チャンドラーの組織発展モデルでは、企業内部の組織は事業の発展によって、単一の機能別組織から事業部制組織、そして分社化した子会社・関連会社を持つコングロマリットという多国籍企業へ変わっていく。
ソフトウェア開発の組織構造も、メーカーと異なっているとしても、組織構造のモデルという自然法則に従わざるを得ないわけだ。

【6】ソフトウェア開発組織の職種として、エンジニアという技術専門職だけでなく、プロダクトマネージャーとエンジニアリングマネージャという管理職も上げている点が興味深かった。

僕の理解では、エンジニアリングマネージャはアーキテクトかつプロジェクトリーダーのイメージ。
プロダクトマネージャーは、Scrumのプロダクトオーナーのイメージ。

プロダクトマネージャは、ソフトウェア開発の経験があるのは良い点だが、その経験が逆に邪魔する時がある。
本来の製品のあるべき姿は、その時代の技術の制約から離れて考えるべきなのに、ソフトウェア開発の経験が邪魔して、その時代の実装方法に依存した製品イメージを描いてしまい、本来の姿とかけ離れてしまう弱点もある、と。
そういう指摘は非常に参考になった。

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2020/04/01

オンラインのリーダーシップとは何だろうか

リモートワークの推進によって、リーダーシップの振る舞い方も変わってきているように思う。
オンラインのリーダーシップの概念が必要になっているように思う。
ラフなメモ書き。

【1】リモートワークのノウハウについては、倉貫さんの会社が日本で一番持っているのではないだろうか。

[議論]新型コロナでリモートワーク急拡大、でも少し変じゃない?:日経ビジネス電子版

相手に「伝わる」ビデオ会議、14の鉄則。全社員リモートワークのソニックガーデンに聞く | iXキャリアコンパス

リモートワークで生産性を上げる仕組みやノウハウが非常に細かく書かれていて参考になる。
そんな記事を読んでいると、いくつか疑問が出てくる。

今までは会社、学校というオフラインの場所で、仕事や教育を行ってきたし、その仕組みに特化するように、洗練されていた。
しかし、昨今のコロナウイルス流行の影響でオフラインの場所を確保できない状況になり、一時的であっても、オンラインで仕事や教育を実施する必要性が出てきた。
すると、感染症が終わって正常の世界に戻った場合、既にリモートワークで生産性が上がっているならば、以前のオフラインの世界に戻る必要はない。
その意味では、現在の感染症は、オフラインの仕組みに依存してきたビジネスモデルそのものも劇的に変更されるだろう。
もはや会社や学校という物理的な場所はなくてもビジネスも教育が回るからだ。
感染症が終わった後の世界では、会社も学校も大きな環境変化が生じているだろう、と推測する。

【2】では、オンラインとオフラインの環境の本質的な違いとは一体何だろうか?

オンラインの作業についての問題点もいくつか出ている。
その問題点は、技術的課題と適応的課題の2つに分けられるだろう。

技術的課題は、オンラインのツールに慣れない、普及しない、環境が揃っていない、など、技術を克服すれば解決できるもの。
たとえば、「強い者や賢い者よりも変化に速い者が生き残る」という言葉は、まさに、オンラインの環境にいち早く適用した人ほどその利益を得やすい事実を示唆していると思う。

一方、適応的課題は、そういうツールや環境が揃ってきた上で、コミュニケーションや意思疎通をより深く太くしていく為には何が必要なのか、それぞれの現場や人、組織に依存したもの。
これらは、コンテキストに依存している場合が多いだろうから、出てきた課題を一つずつ皆で解決しながら、課題のレベルを上げていくしかない。

上記の記事を読んだ後、いかに一人ぼっちにさせないか、という仕組みが非常に重要になっているような気がした。
オンラインのリモートワークの環境になると、身近に物理的に人がいないので、困った時に声掛けできない。
そのために、Twitterのタイムラインのようなデータを流したり、顔を常時写したり、いろんな工夫がされている。

【3】僕が一番興味を持つのは、オンライン環境ではリーダーはどのようなリーダーシップを振る舞う動作が必要なのか、という問いだ。
あるいは、オンライン上のチームビルディングでは何が必要なのか、という問いだ。

倉貫さんの下記の意見に非常に興味を引いた。

(引用開始)
倉貫氏:改めて考えてみると、これまではなんて牧歌的な時代だったんだろうと驚きますね。チームビルディングを「同じ場所に集まる」という偶発的なものだけに頼って、ほとんど何もやらずにさぼってきたのかと、自分の反省も含めて思います。
(引用終了)

従来のチームビルディングの手法は、オフラインの環境に依存しすぎていないだろうか?
従来の手法をそのままオンライン環境に持っていっても、チームビルディングが上手く行かないのは明らかだろう。

【4】会社、役所、NPO法人、コミュニティなどの集団は、必ず何らかのトップとなる人がいて、彼らがその組織文化を生み出す責任を持っている。

組織文化はトップが作り出すものであり、その逆ではない、と僕は習った。
実際、どんな集団も共通目的があり、その目的に賛同した人たちが結集して、集団の目標を実現しようとする。
そういう集団を最初に作る創始者が組織文化を生み出し、メンバーとの化学反応を起こして集団をより進化させていく。

以前ならば、オフラインの空間では、実際に人が集まってトップの話をうやうやしく聞いたり、あるいは、実際にトップが自ら動いて汗をかく場面を見て、メンバーの貢献意欲が刺激されて、一致団結していく、などの事例があった。
しかし、オンラインでは、トップの行動も話も声もPCの画面を見なければ伝わらない。
TV演説に近い部分もあるかもしれない。
以前のオフラインのリーダーシップの発揮方法とは本質的に異なっている気がする。

特に、昔ながらのリーダーシップの発揮方法である「制度的リーダーシップ」は、オンライン環境では非常に難しくなっていると思う。
つまり、役職を前提としたリーダーシップは、オンライン環境ではその権力を影響させにくい。
オンライン環境では、社員が真面目に働いているのか、を管理職が逐一監視するのは難しいからだ。

制度的リーダーシップの考え方が何となくしっくりきた: プログラマの思索

最近では、トランプ大統領がツイッターでどんどん発言することで影響力を増しているように、オンラインのリーダーシップの発揮方法はいくつかのやり方があるように思う。
一方、オープンソースの開発のように、最終的に意思決定するリーダーがいたとしても、世界中に散らばった開発者の技術力を結集して、優れた成果物を作っていくやり方もある。

いずれにしても、まだ僕の中ではスッキリした答えは持っていない。
でも、世界を見渡せば、オンライン環境でもリーダーシップを発揮して、メンバーをあるべきゴールへ導くようにメンバーの意欲を向上させることができているリーダーもいる。
彼らはどんなやり方を使っているのか、そのやり方の本質的な特性は何なのか、考えてみる。


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2020/02/06

「確率思考の戦略論」の感想

「日本人の相手(欧米人)はサイコパスだと思った方がいい」という言葉が一番心に残った。

サイコパス性が強い人達は、冷酷非情な犯罪者だけでなく大企業の重役にも多いという事実。
彼らは、意思決定に感情を入れないことができるし、そのように鍛えられてきた。

近現代に米英のようなアングロサクソン系の組織が人類の中で突出してきた歴史を鑑みると、彼らは感情を排した合理的な意思決定ができる性質を他の民族よりも持っているのではないか、という仮説。
なるほど、彼らは、どちらが勝つか、を確率的に考える時、ルール自体を変えてしまい、今までの戦術を通用しなくさせてくる。
たとえば、日本の家電メーカーが世界を席巻していた時代の後、Appleを筆頭にデザインやマーケティングに注力して製造は中国台湾に委託し、デザインや規格をめまぐるしく変更して時代を席巻した。
そんな事実を振り返ると、日本人は戦術の局所最適化は無敵だが、ルール自体を変えてそういう戦術を無効にするように仕向けてくる。
そういう人たちと日本人は戦っているのですよ、という話が心に残った。



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2020/02/01

SDGsがISOのような世界基準になっている現象

先輩の方から「最近は、SDGsを理解しないとビジネスに付いていけない。SDGsの考え方はISOのような事実上の世界標準になっている」と聞いた。
SDGsの単語自体は時々聞くが、その重要性を先輩の方の意見を聞くまでは理解できていなかったと思う。
SDGsについて理解したことをラフなメモ書き。

【参考】
SDGs(持続可能な開発目標)とは何か?17の目標をわかりやすく解説|日本の取り組み事例あり

SDGs(エスディージーズ)とは?17の目標を事例とともに徹底解説 | 一般社団法人イマココラボ

世界のSDGs達成度ランキング、日本は15位 昨年と変わらず | SUSTAINABLE BRANDS JAPAN

(引用開始)
2017年には11位だった日本だが、2018年と同様に今年も15位だった。日本にとって最大の課題と指摘されている目標は、目標5「ジェンダー平等を実現しよう」、目標12「つくる責任 つかう責任」、目標13「気候変動に具体的な対策を」、目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」。

細かい評価項目を見ると、女性国会議員の数の少なさ、男女の賃金格差、無償労働を行う時間の男女格差、全エネルギー消費のうち再生可能エネルギーが占める割合、パルマ比率(上位10%の所得層が得ている所得と下位40%の所得の比率)、電気電子機器廃棄物の量、輸入食料・飼料に伴う窒素排出量、エネルギー関連のCO2排出量、車両以外の機器に使われるエネルギーから出る炭素比、水産資源の乱用、絶滅の恐れのある種のレッドリスト、金融秘密度指数などが「最大の課題」と評されている。

報告書は、日本に関して、経団連がSDGsの達成を企業行動憲章に盛り込み、SDGsの達成を目指すよう大号令をかけたことで、日本企業がSDGsの掲げる課題領域において技術革新を進めていることを注目すべき事例だと評価している。
(引用終了)

【1】なぜ、SDGsを理解することが最近は重要になっているのか?
理由は、SDGsのルールで世界の政治・経済・法律などがどんどん切り替わっているからだ。

その例はいくつかある。
例えば、昨今の働き方改革、育休の推進、女性活躍の推進は、SDGsの「ジェンダーの平等」「健康と福祉」「働きがい」に相当するだろう。
SDGsでは国ごとに数値目標が掲げられているので、その数値を達成するために、政府は法律や予算、権力を使ってでもやり遂げようとする。
その一環として、昨年4月の働き方改革のような厳しい法規制も施行された、と理解できる。

女性活躍の推進も、単に人道的配慮だけでなく、SDGsの「ジェンダーの平等」の一環として、その数値目標が掲げられている。
女性管理職の占める割合、国会議員の女性に占める割合など、女性の活躍を測定する数値目標はあるので、政府は何としてでも達成しなければならない。

例えば、再生エネルギーの推進もSDGsの「気候変動」「つくる責任つかう責任」に相当するだろう。
日本では、原発が止まり再生エネルギーも普及できておらず、これ以上の省エネ化も難しい現状なので、その数値目標達成するのは難しい。
日本の経営トップが、効率の良い石炭火力を推進します、と言っても、誰からも見向きもされない。

直近1年間で特に、欧米で電気自動車がガソリン車よりも売れ行きが良くなっている背景には、SDGsが背景にあると理解してもいいと思う。
自動車業界におけるテスラの躍進、配車サービスのUberの躍進、などもそういう一連の流れにあると見てよいだろう。
他にも、プラスチック廃棄をなくすこと、欧米ではペットボトルをなくして、マイボトルを持ち運ぶ風潮になっていること、などもSDGsの一環だろう。

つまり、世界の世論もSDGsに掲げられている価値観に共感しているので、そういう方向にマーケットも影響させられているわけだ。

そういう風潮の結果、欧米の金融機関や年金基金などの機関投資家は、SDGsに従わない企業には投資しない姿勢を見せている。
つまり、再生エネルギーを推進せずCO2を増やすようなメーカー、従業員を大切にせず取締役会に女性などの多様性がない企業は、市場から今後淘汰されてしまうリスクがある。

【2】では、SDGsは日本人や日本企業にどんな影響を与えているのか?
現状では、日本人の価値観も日本企業の対応もSDGsに追随できているとは言えないと思う。

昨今の働き方改革も、日本の市井の人々が声を上げて実現した、というよりも、そういう世界の流れを受けてトップダウンで実行した、というように感じられる。

つまり、SDGsによって、世界の市場経済や政治のルールが変わってしまったのだ。
その変化に追随できなければ、欧米だけでなく他国との競争にも負けてしまう、という危機感が政府にあるのかもしれない。
しかし、長年の価値観をいきなり変えるのはいくら日本人でも難しい。

そういう風潮を見ると、ISO9001やCMMIが一斉を風靡した時に、日本メーカーやSIがそれに対応しようと四苦八苦したものの、実際はそれほどの効果が得られなかった、という既視感を感じる。
欧米人は市場経済や政治のルールをいきなり変えて、それまで他国が優位にあった状況を変えようとする施策が上手いように思える。
一方、局所最適化には滅法強い日本人には、こういうルール変更という戦略に追随して全体最適を図るのはあまり得意でない気がする。

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